大邱市交響楽団

 去る34日、東京オペラシティーコンサートホールで開かれた、韓国第三の都市、大邱(デグ)市が誇る大邱市交響楽団のコンサートに出かけた。このところ、クラシック音楽界でも韓国勢の躍進が目覚しいと聞いていたので、どんな演奏を聞かせてくれるか楽しみだった。

 全員招待客のためかドレスアップした人が多く、華やかな雰囲気に包まれるなか、それに応えるようにグリンカの「ルスランとリュドミラ序曲」で幕を開けた。弦の細かい動きが多くアンサンブルの良し悪しが目立つ曲だが、演奏はよどみなく流れ、技術の高さを伺わせる。次のグリーグのピアノ協奏曲でも、表現が的確で無駄がない。ピアニストのハン・ドンイル氏のベテランらしいこなれた演奏とも息がぴったりと合っている。

だが圧巻は何と言っても最後のベートーヴェンの「運命」だった。この曲はあまりにも有名だが演奏は楽ではない。感情の起伏が激しくテンポの変化も大きい。何よりも冒頭のテーマからフィナーレまで高度な集中力が求められ、一瞬たりとも気の緩みは許されない。まさにオーケストラの実力が試される曲である。

しかし、出だしから音楽は確信に満ち、その躍動感に演奏する喜びが溢れている。2楽章で楽団員の気持ちの高まりがうねりとなって伝わって来ると、かつて自分がこの曲に心酔していたころの感動が永い時を隔てて蘇り胸が詰まる想いだった。終楽章は、まさに全員が渾身の力を込めた熱演だった。単なる技術を越えてメンバーの一人一人が細かいニュアンスを共有しており、それが力強い表現となって迫ってくる。しかも決して主観に流されることがない。指揮者のクァク・スン氏の高い手腕も伺われた。

曲が終わると、割れんばかりの拍手の渦となった。日本の聴衆が、演奏を理解し心から感銘を受けた様子は、この韓国のオーケストラのメンバーにも十分伝わっているようだった。僕も顔が紅潮し、あまり味わったことのない感動を覚えていた。オーケストラのメンバー全員がこれほど真剣に演奏するコンサートを聴いたことがこれまでにあっただろうか。もちろん、ずば抜けた才能を持つメンバーをそろえたヨーロッパの超一流オーケストラのインスピレーションに満ちた艶のある演奏も魅力的だが、音楽が本来持つ心の叫びを真正面から受け止め真摯に表現することこそ最大の魅力ではないか。今回の演奏は、クラシック音楽の原点を改めて思い出させてくれるものとなった。

こうした演奏は強い精神力と鍛え抜かれた技術があってこそ可能となる。現在、日本でこれほど実直に音楽に取り組んでいるオーケストラが果たしていくつあるだろうか。音楽の可能性を信じて、ひたすら高みを目指す意志の強さは並大抵のものではない。最近さまざまな分野で韓国勢の躍進が著しいが、恐らくその根底には、そうした彼らの純粋さと精神の強さがあるのではないだろうか。韓国文化の本質に触れたような思いがした。

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