加速する宇宙

宇宙がビッグバンで始まったという説は今では広く知られるようになり、疑いのない事実だと思い込んでいる人も多い。しかし、広大な宇宙がわれわれのごとき宇宙の片隅の生物に簡単にその神秘の姿を明かすことなどあり得るだろうか。

ビッグバン宇宙論の根拠となっているのは、1929年にアメリカの天文学者ハッブルが発見した「地球から遠い天体ほどその距離に比例して速く遠ざかっている」という事実である。彼はその結果を元に宇宙の膨張を提唱した。膨張している以上、かつての宇宙はもっと小さかったはずだ。そこで宇宙がある一点から爆発して始まったと仮定してみると、さまざまな観測データがうまく説明できたのである。

そうなると、膨張を続ける宇宙が将来どうなっていくのかという疑問が生ずる。膨張がビッグバンの爆発の勢いだけで続いているとすれば、重力の影響でその勢いは次第に衰えていくはずである。その結果、2つのケースが予想される。一つは、爆発の勢いが非常に強く、宇宙は速度を落としながらも永久に膨張を続け拡散していってしまうというもの。もう一つは、上に向かって投げたボールがそのうちに落ちてくるように、いつかは重力が勝って膨張は止まり収縮に転ずるというものだ。

このいずれが起きるのかを確かめるためには、宇宙の果てにある天体までの距離と速度を正確に測る必要があった。しかしこれには高度な観測技術が要求され、長い間、いずれが正しいのかわからなかった。だが、21世紀に入りいよいよ決着がつく日が来た。しかしながら、その結果は意外なものだった。膨張は減速するどころか、加速していたのである。

これは上に投げたボールがどんどん加速していくようなもので、重力だけでは説明がつかない。加速するということはすなわちエネルギーが増しているわけで、各天体はどこからかエネルギーをもらってこなければならない。宇宙を加速させるほどだからそのエネルギーは莫大で、何と従来考えられてきた宇宙の全エネルギーよりも大きいと推定されたのだ。従来の理論は全く役に立たない。宇宙物理学者達は困り果て、そのエネルギーに「ダークエネルギー」というミステリアスな名前をつけることしかできなかったのだ。

宇宙の加速がもたらした衝撃は宇宙論に留まらない。物質の根源を解明する理論、素粒子論に対してもその根底を揺るがす発見だった。なぜなら、素粒子はビッグバン以降の宇宙の膨張の過程で生成されたものであり、宇宙を構成する材料そのものだからである。素粒子論と宇宙論は切っても切れないのだ。多くの素粒子物理学者の間には自分達はこれまで何をやってきたのだろうかという虚無感すら広がった。この数十年間、物理学者が努力して築き上げてきた理論が砂上の楼閣のように崩れ去りかねない事態となったのだ。

かつてニュートンは「自分の前には手も触れられていない心理の大海原が広がっている」と語った。その謙虚さに比べ現代の科学者たちは自らの理論は宇宙の果てまでも説明できると考えてきた。しかし、宇宙はそうした驕りをあざ笑うかのように加速し続けている。

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