バルテュスの衝撃

 2ヶ月ほど前にJRの秋葉原駅でバルテュス展の巨大なポスターを見かけた。そこに用いられていた作品は彼の代表作の一つ、「夢見るテレーズ」だった。少女が椅子に座って片膝をたて、パンツ丸見えの格好で横を向いて目を瞑っている。何か悩みでもあるのか、その表情は硬い。足下では猫が皿の水をなめている。強烈な印象の反面、一目見ただけではその意図は図りかねる。「称賛と誤解だらけの、20世紀最後の巨匠」というコピーは、その複雑な印象を巧く言い当てているように思えた。

 それからひと月ほどして、NHKの「バルテュスと彼女たちの関係」という番組が偶然目に飛び込んできた。俳優の豊川悦司さんが美術調査員に扮し、バルテュスが関わった女性たちとの関係を追いながら画家の本質に迫って行くと言うミステリー仕立ての番組だ。

 バルテュスは、少女が大人になる瞬間に取り憑かれた画家だった。それゆえ彼は一部の人からロリコン画家のレッテルを貼られてきたのだ。確かに彼は生涯、何人かの少女に心を奪われ、時には田舎の城館に隠棲したこともある。だが、彼がそうした少女に見出したものは、何か我々の想像を超えたもので、そこには天才の鋭い直感と洞察が感じられた。ただ、この番組からだけでは、彼の真の狙い、彼が追い求めた物が何であったのかを実感することは不可能だった。それを確かめるためには、この目で直に観てみるしかない。

 東京都美術館のバルテュス展では、誤解だらけの画家の作品を一目見ようと押し掛けた大勢の老若男女たちがバルテュスの強烈な個性に胸を射抜かれ、普段の展覧会では感じたことのないような熱気に包まれていた。バルテュスの絵には圧倒的な存在感があった。

 まず舌を巻いたのはその技術の高さだった。テーマの特殊性にばかり目が行き勝ちだが、その先入観は見事に裏切られた。彼は誇りを持って自らを職人と称していたが、この確かな技術的な裏付けなしでは、彼が追求する世界を描くことは到底不可能だったのだ。

 片胸はだけた少女が髪をとぎながら鏡に向かう姿を描いた「鏡の中のアリス」では、荒々しい筆のタッチが限りなく柔らかい胸の曲線を描き出しているのに驚かされる。髪はソフトだが、鏡を見る目は真っ白でまるで何かに取り憑かれているかのようだ。一方、足は人形のように無表情だ。これらが一体となることで、まるで汗のにおいが嗅ぎ取れるような濃厚なエロティシズムを発散すると同時に、何か超人的な生命力が描き出されている。

 バルテュスの考え抜かれた大胆な構図は瞬時にこちらの心を捉え、ある種の調和に満ちた安心感をもたらす。だが、同時に得体の知れないエネルギーが磁場のように伝わってきて、画家がそこに込めた世界が容易に見通せるものではないと思い知らされるのだ。

 生涯にわたって画家に強いインスピレーションを与え続けた少女たちに、彼は常に畏敬の念を持ってきたと言う。その思いは作品として結実すると同時に、彼の世界をさらに深めて行った。彼の絵が多くの人を惹きつけて止まないのは、そうした創作を貫くことで次第に純化されて行ったバルテュス自身がそこに現れているからに違いない。

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