決めない力

 「職業としての小説家」の中で村上春樹氏は、小説を書く際には簡単に結論を出さないことが大切だと繰り返し述べている。理路整然とすばやく結論を導き出すのは小説の役割ではない。最終的には何か結論に達するにせよ、そこに至までの物語をいかに読ませるかが小説の醍醐味なのだ。ただ、村上氏にとって結論を出さないということはそれ以上の意味があるようである。

 彼の最初の長編小説、「羊を巡る冒険」のなかで、主人公の親友(の幽霊)が自分が死んだ理由を語る場面がある。彼は自分の弱さのために命を絶たざるを得なくなったと告白する。だが、読者はむしろそこに彼の強さを感じるのである。一見、弱さのように見えるものが実は強さでありその逆もある。村上氏が描くのは、そうした人間の心の微妙さなのだ。

 今の世の中はあまりにも早急に白黒つけたがるのではないか、と村上氏は言う。確かに犯罪報道などを見てみても、犯人を一方的に悪人に仕立て上げるようなケースが目に付く。また、われわれも自分の態度を決めなければならないような状況にしばしば直面する。世論調査にしろ何にしろアンケートでは限られた選択肢の中からどれかを選ばなければならならず、Facebookでは「いいね!」の選択を常に迫られている。

 だが、もともと人の心などというものはそう簡単に白黒つけられるものではない。それをあえて分類したがるのは、複雑な人間の心理を単純化することで情報として利用しやすくするためだろう。われわれはいつの間にか白と黒の中間が許されない社会に生きる羽目になっているのだ。

 すぐに結論を出す必要に迫られることは世の中にそれほど多くはないはずだ、と村上氏は言う。もちろん、日常の仕事を思い浮かべれば何事にも早急な判断を求められているように見える。だが、それはそういう仕組みに身を置いているからであって、一歩引いて考えてみれば、本当に大切な事なのかどうか確かにかなり疑わしいのである。

 村上氏の小説の主人公は何かを決めつけることがない。結論が一見明らかな場合でも明確な判断を避ける。そして曖昧な状態を抱えたまま辛抱強く期が熟すのを待つのである。結論を出すのは簡単だ。だが、その瞬間、ものごとの本質は覆い隠され、永遠に葬り去られてしまうかもしれないのだ。

 人間の心の深みを描くために、村上氏は自らの心の闇に降りて行く必要があると言う。そこから持ち帰ったものを養分にして小説を書いているのだ。そのため彼は身体の鍛錬を怠らない。自らの心の闇と対峙するのは強い精神力を必要とし、それを支えるためには強靭な肉体が必要だと強調する。

 村上氏の小説の読者の多くは、現代社会の中で無闇に決断を迫られることにより生じた心の歪みが、彼の描く決めない力によって次第に癒やされ恢復していくところに惹かれているのではないだろうか。

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