老いを生きる

 かつて世界的名指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤン氏はその高い音楽性と颯爽とした指揮振りで世界中を魅了した。同時に70歳を過ぎても自家用ジェット機を自ら操縦し、スカイダイビングやスキーにおいてもプロ顔負けの腕前を誇っていた。

 しかし、その彼も指揮者の職業病とも言える脊椎の病気に悩まされ、死の10年ほど前には脳梗塞にも見舞われた。晩年は歩行も困難になり、指揮台の上でも特製の椅子にもたれかからなければならなくなった。端正なギリシャ系の顔立ちもすっかり生気を失い、拍手に応えるために力を振り絞り体を震わせながら観客の方を振り向く姿がなんとも痛ましかった。

 スピードと優美さでその「カラヤン美学」を追求してきた完全主義者のマエストロが、自らの老いをどのように受け止めていたのだろうか。今となっては知る由もないが、老いをさらけ出しても指揮台に立ち続けたのには彼なりの哲学と覚悟があったに違いない。

 彼ほどの人間でもいつかは衰えるのだと、当時、かなりショックを受けたのを覚えている。だが、最近、自分の老いに対する考え方は少しずつ変わり始めている。それは母の衰えと無関係ではない。

 僕は昔から母が歳をとるのが辛かった。それは自分が歳を取ることより受け入れがたかった。夜、ふと目が覚め、いつかは母も衰えるのだろうかと思うと眠れなくなった。だが、いざ母に介護が必要な状況になると、逆に不安は消えた。とにかく目の前で次々と発生する問題に対処しなければならないのだ。

 母は現在83歳だが、しばらく前まで店頭に立って仕事を続けていた。2年前に引退を決めた際もその後の人生に思いを馳せていた。しかし、その期待はあっさり裏切られた。うっかり転んで手首を骨折すると嵩にかかったように老いの波が押し寄せてきたのである。

 以前は簡単にできたことができなくなり、次第に他人の助けが必要となった。本人も何とか衰えを防ごうと必死で、デイサービスでは積極的に筋肉トレーニングに励み、新たに囲碁にも挑戦した。だが、不調な時間が次第に長くなっていく。当初は仕事を急に辞めたせいで鬱状態になったかとも思ったが、どうもそれだけではなさそうだ。こんなはずではないという思いが余計に本人を苦しめる。

 母はこれまで人生や死についてどのように考えてきたのだろうか。思えば母とそんな突っ込んだ話をしたことはない。だが、老人だからと言って個性を無視したような扱いをされるのは耐えられない。本人の意志はできる限り大切にしてやりたい。

 老いは自然の摂理だ。他人の世話になるのも恥じることはない。そして、誰にでも死に至るまでの生を精一杯生きる権利はある。それは、もはや誰のためでもない。自分だけのために残された最後の貴重な時間なのだ。老いてこそ見えて来ることもあるに違いない。

 かつてカラヤン氏も自らの老いと一人向き合い、誰にも邪魔されることなく自らの最後の時を生きたのではないだろうか。

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