カフカの世界

 フランツ・カフカの作品は、代表作である「審判」や「城」をはじめ多くが未完である。にもかかわらず彼が20世紀最高の作家の一人とされるのは、彼の作品の魅力の核心がストーリー以外のところにあるからだろう。事実、彼の話はどこを切っても謎に満ちた創造性が溢れ出し、読者の心の奥に侵入して人生観を変えるような深い跡を残していくのだ。

 カフカの作品には夢を想起させるシーンが数多く現れる。たとえば「審判」には主人公ヨーゼフ・Kが叔父の紹介で弁護士のところに行く次のような場面がある。

 突如として告訴されたKだが、当時すでに裁判の状況はかなり悪くなっていた。そこに田舎の叔父が助っ人として現れ、Kを知り合いの弁護士に引き合わせる。幸運にもその場には彼の裁判を牛耳れる事務局長が居合わせ、Kの裁判は一気に好転するかに見えた。

 だが、そこで隣の部屋で陶器の割れる音がする。するとKは様子を見てくると言ってその重要な会談の場を出て行ってしまう。隣の部屋では弁護士の情婦と思われる看護婦のレーニがKを待っていた。レーニが誘惑するとKはたちまち彼女とねんごろな関係になり、隣の3人のことはすっかり忘れてしまう。事を終えて名残惜しそうにレーニの所を後にした時には、すでに事務局長は気を悪くして帰ってしまった後で、激怒した叔父がKを叱責するのである。Kは千載一遇のチャンスを逃してしまったのだ。

 常識的に見ればKの行動は愚かで不謹慎ということになるだろう。だが、この場面全体がどこか非現実的である。

 そもそも、こうしたピンチに都合よく事務局長が現れるというのは話が出来すぎている。それを暗示するかのように、Kと叔父は最初、事務局長がいることに気がつかなかった。彼は弁護士の部屋の暗い片隅に幽霊のように潜んでいたのである。Kは事務局長のような助っ人の出現を渇望しつつも、一方でそんなうまい話はないと思っているのだ。

 また、たとえそうした実力者に助っ人を頼むことができるとしてもKには抵抗がある。私利私欲にまみれた裁判所の権力に対して屈することはKの自尊心が許さないのだ。本来ならば正々堂々と持論を展開して裁判所を打ち負かしたい。しかし、すでにそうしたKの挑戦は大きな力の前に行き詰まっており、自分が訴訟に負ける姿に次第に恐怖を覚え始めている。できれば1日でも早くこの煩わしい裁判から逃れたい。

 カフカは、Kのその願望をレーニに対する性的な欲望にすり変えた。読者はKの非常識さに反感を覚えるだろう。だが、それこそ作者の狙いで、深層心理的にはKの葛藤はよりリアルなものとなるのである。 

 われわれは普段社会的な常識に従って生きている。しかし、そこに生きる人々の心情は決して理屈通りの単純なものではない。そのため我々は常に葛藤しながら生きているのだが、その葛藤でさえも社会的な常識の中で解釈されてしまう。だが、カフカの目には常識の裏側で人々の葛藤が生き物のようにうごめく様がありありと見えていたのではなかろうか。