巨人の出現

 安倍政権になっても尖閣問題により悪化した中国との関係改善の糸口がつかめず、むしろ対決姿勢が強まっているように見える。安全保障の問題は確かに重要だが、その点ばかりをクローズアップしていたのでは状況を大きく見誤りかねない。

最近、元外交官の河東哲夫さんの本の中にこんな下りがあった。「ソ連の崩壊は冷戦という観点から見れば高々45年の歴史に終止符を打ったに過ぎないが、中国の復活は300年間に及ぶ西欧支配、つまりは植民地主義が終焉を迎えたことを意味する」。この20年の中国の復活は、世界のパワーバランスを根本的に変えてしまったのである。

産業革命による西欧帝国主義の隆盛と清王朝の衰退により世界は西欧中心に動き始め、中国は長い低迷の時期に入った。その後、辛亥革命、日中戦争、共産主義革命、文化大革命と大きな転機は何度もあったが、近代化は進まず低迷から脱する事はできなかった。いつしか世界中の人たちは、中国はイデオロギーの壁の向こうにある巨大な後進国家であり続けると信じて疑わなくなったのである。

毛沢東の死後、改革開放が始まったが、それでも発展の速度はなかなか上がらなかった。だが、転機は突然やってきた。100年は続くと言われた冷戦があっさり終結したのだ。

中国の人口はヨーロッパとアメリカを足したものに匹敵する。冷戦の終結とともに、その労働力を求めて世界中から投資の波が中国に押し寄せた。中国の労働力をいかに自分たちの利益として取り込むか、そして中国の市場をいかに早く切り開くか、出遅れれば致命的な打撃を受けることになったのだ。

結果的に、中国をめぐる先進国のそうした競争が中国の近代化の扉を一気に開くことになったのである。冷戦という堰が切られ、近代化という水が一気に中国に流れ込んだのだ。気がつけばそこには、20年前には誰も想像しなかった巨人が立っていたのである。

この突然の出来事は、さまざまな歪みを世界中に生じさせた。中国国内では急速な経済発展が貧富の格差や環境問題、さらには昨今話題の金融のゆがみなどを引き起こし、海外においては産業の空洞化、資源獲得競争激化、領土問題などで各国を悩ませている。中国発の巨大津波が世界中を駆け巡っているのだ。

こうした問題はあまりにも急速な中国社会の変化にともなう副作用で、大地震後の復興のように解決には時間がかかる。だが、そうした個別の問題への対処にばかり注意していては事の本質を見誤る事になる。それよりも新たに出現した巨大パワー、現代中国とどのような関係を構築して行くかというグランドビジョンを描く事こそが喫緊の課題なのだ。

もし13億の中国人と信頼関係が築ければ、これほど大きなアドバンテージはない。そのためには、何よりもまず相手のことを理解する必要がある。政府も含め日本人のこの隣国への理解は未だに決定的に不足している。先入観で相手を敵視し、千載一遇のチャンスを逃すことほど愚かな事はない。

尖閣問題の意味するもの

この10数年の間に中国は急速な経済発展を遂げたが、それを可能としたのは改革開放政策による外資の導入だった。自力の産業の育成には時間がかかる。中国は自国の労働力を提供する代わりに、海外企業を国営企業との合弁という形で取り込み、短時間で先進国の優れた技術やサービスを吸収してきたのである。

その際、人民政府が最も警戒したのが、先進技術は海外企業に握られたまま労働力のみを提供する経済植民地化だ。出来るだけ早く技術を吸収し、外資には早々に出て行ってもらうのが政府の目論見だった。だが、国営の合弁企業は政府の保護下で、海外技術に依存する体質が身に着いてしまった。リスクを犯して自ら技術開発するより、海外から吸収するほうがはるかに楽だからだ。しかし、その結果、世界第2の経済大国に躍り出たにもかかわらず、世界をリードする先進技術やブランドはほとんど無く、先進国の下請けに甘んじる構造から脱却できないでいる。にもかかわらず平均賃金は大幅に上昇し、国際競争力が低下し始めている。人民政府の焦りが伝わってくる。

 さらにここに来て中国経済はもう一つのジレンマに直面している。自らの台頭は相対的に旧来の先進国の競争力を低下させる。今回のヨーロッパの経済危機はその一つの現れだ。だが、その結果、何が起きたか。発展の原動力となってきた輸出が打撃を受け、中国自らの経済成長に急ブレーキがかかったのである。小さな国ならともかく、この巨大国家が世界に及ぼす影響はあまりにも大きい。一人勝ちはありえないのだ。

 成長のかげりは国内の様々な社会問題を顕在化させている。貧富の差の拡大に伴い拝金主義が蔓延し、労働争議が頻発している。高学歴化が進み大学進学率も飛躍的に高まったが、国内企業が育たないため、卒業しても学歴に見合った職がない。豊かさを享受するごく一部の人を除けば、多くの国民が閉塞感に苛まれているのである。

社会保障のための財政負担の急拡大も大きな問題である。一人っ子政策により急速に進む高齢化がそれに追い討ちをかける。国民の間には、生活水準が先進国に追いつく前に社会問題だけが先進国並に悪化してしまうのではないかという不安が広がっている。

こうした国民の不満はインターネットによって増幅され政府を脅かしている。政府高官の汚職問題がさらに政府への不信を増大させる。経済発展とは裏腹に共産党一党独裁による国家の統治は年々困難を増し、今や綱渡り状態なのだ。

国民の不満を逸らすには、反日と領土問題は格好の材料だ。日本企業を中国市場から締め出すと脅せば、日本は領土問題で妥協せざるを得ないという読みがある。しかし、日本を締め出すようなことになれば中国自身も深刻な打撃を受けることは明らかだ。

尖閣問題は共産党政権が体制維持を図るための道具として用いている側面が強い。その背後にはこの巨大国家が抱えるさまざまな問題が横たわっており、日本はそれに巻き込まれているのだ。簡単な解決策はありそうもない。

転機の中国

先日、会社である製品の製造委託をしている中国福建省の工場を訪れた。半年振りの訪問だったが、まず驚いたのが街中の建設ラッシュだ。大規模開発が進み、地震にでも襲われたかと思うほどいたるところで建物が壊されている。跡地にはマンションや大型ショッピングモールができるようだ。マンションの価格は日本円で一部屋1000万円程度。この数年、地方でも道路などのインフラ整備が急ピッチで進められてきたが、いよいよ街造りの最終段階に入ったようである。

今回は久しぶりに長い滞在だったので、工場のさまざまな変化に気がついた。大きく変わったのが従業員の表情だ。かつての労働集約型産業の現場では、必死に働く従業員の表情に圧倒されたものだ。しかし、今では彼らの顔は穏やかだ。ちょうど一人の新人が工場の先輩達に仕事を教わっているところに出くわしたが、日本の女子高生並に化粧をしたその少女が微笑みながら説明を聞く様子はなんとものんびりしている。工場からは張り詰めた緊張感が消え、集中力もスピードも以前と比べ明らかに落ちている。

工場の社長によれば、彼らの給料は10年前の5倍に膨れ上がったという。にもかかわらず、誰もが今の給料には満足していない。常により条件の良い勤め先を探していて、厳しいことを言えばすぐに辞めてしまう。一方、会社が従業員を解雇するのは容易ではない。しばらく前に労働者保護の法律ができたからだ。それを盾に従業員は労働条件の向上を求め続ける。こうなると工場の管理は大変だ。経営者も頭を抱えている。

中国は安くて良質の労働力を武器にこの10年ほど急速な経済発展を遂げてきた。その結果、富裕層と呼ばれる人たちの生活レベルはすでに日本人を上回るほどになった。かつて鄧小平が唱えた先富論の第一段階だ。人民政府は次のステップとして、地方の生活水準の向上に向けてインフラ整備を盛んに行ってきた。だが、これまで都市に出稼ぎに出て富裕層出現の原動力となった農民工たちは、同時に都会の豊かな生活も目の当たりにした。その結果、尽きることのない富への渇望が生まれたのである。

しかし、13億人の人口が先進国並の生活レベルに達するためには、まだまだ生産性が低い。中国の発展はここからが踏ん張りどころなのだ。しかしどこかで歯車が狂ってしまった。自分より豊かな人を妬み、現状への不満ばかりが蔓延する世の中になってしまった。まじめに働くのは馬鹿らしく、楽をして金を儲けようとする風潮が急速に社会全体に広まりつつある。ハングリー精神は忘れ去られ、かつて世界一のコストパフォーマンスを誇った中国の労働力は、急速にその競争力を失いつつある。

少ない労力で効率的に儲けようと知恵を絞ること自体は悪いことではない。中国人はもともとそうしたことに長けた国民だ。しかし、あまりにも急速な発展の結果、国家全体が拝金主義に染まり、巨大な欲望の渦に飲み込まれようとしている。果たしてこのピンチを乗り越え、一段と成熟した国家へと脱皮できるのか。中国は今、重要な転機を迎えている。