餃子と運命/F君のこと・その2

 僕がクラシック音楽を本格的に聴き始めたのは中学2年の頃である。しかし、当時、我が家にはステレオはおろかプレーヤー(電蓄)もなかった。あったのは、英語用に買ってもらったテープレコーダーのみである。しかし音楽ソースは何もない。そこで、誰かステレオを持っている人に頼んで録音してもらおうと思い付いた。近所のF君の家には、お姉さんがピアニストであったことからピアノ室があって、ステレオも完備されていた。たまにその部屋で大音響でクラシック音楽が鳴っていたのを思い出した僕は、まずF君に録音を頼むことにした。曲目はなんと言ってもクラシック音楽の最高峰、ベートーヴェンの「運命」である。

録音はある土曜日の午後、F君の立会いの下で行われた。しかし、もともとオーケストラの音をマイクで拾ってレコードに刻み、それをステレオで再生しているのに、その音をもう一度マイクで録音するという行為に対して、F君はいかにもドン臭いと感じたようで、当初からまじめに取り合ってくれていなかった。雑音が入らないよう体を硬直させ、息をこらす僕の横で、彼は悠々と昼飯を食べ始めたのである。しかも、実況中継でもするかのように、箸で餃子を摘み、わざわざ「ギョーザ!」と声を出してメニューを紹介する。さらに、雰囲気を出すためにマイクに向かってクチャクチャやり始める始末だ。冗談じゃない!僕のいらいらは頂点に達したが、文句を言えば録音されてしまうので我慢するより他はない。

 そうこうするうちに、第1楽章が終わった。だが、その途端、思わぬことが起こった。F君が、「終わったー!」と大声で叫び、レコードを止めようとしたのである。だが、曲はまだ終わっていない。事情のわからぬ彼に、今静かに流れているのは、4楽章のうちの第2楽章であることを説明し、彼にしぶしぶ録音の続行を承諾させたが、またしても余計な雑音が入ってしまった。

 そうしたやり取りは、時に音楽より大きな音で録音されてしまっている。ぴんと張り詰めた運命の主題が流れる中、それと全く関係なく餃子を食べるF君の姿がくっきりと浮かび上がるのである。だが、僕はこのテープを軽く100回以上は聴いただろう。完璧な形式の中で溢れ出すベートーヴェンの情熱と独創性に、僕はたちまち心を奪われ、心酔してしまったのである。しばらくすると、F君の雑音も慣れてほとんど気にならなくなった。

 その後、僕も親に頼んで高音質のラジオを買ってもらうと、FM放送からテープレコーダーに録音できるようになり、いよいよ本格的な音楽鑑賞が始まった。しかし、ある日、もっと良い音で「運命」を聞きたくなり、F君に例のレコードをステレオで聴かせてもらった。しかし、そこで流れてきた音楽は、かつて僕が録音したものと全く違っていた。ゆったりとしたテンポに重厚な弦の響き。この違いは何だ?なんとF君は、以前の録音の際に、33回転/分のLPレコードを45回転/分のSPモードで再生していたのである。

私的「椎名林檎」論

今年の2月、椎名林檎のニューアルバム「平成風俗」がリリースされた。このアルバムでは、猫顔の天才ヴァイオリン奏者、斎藤ネコ氏が、自らのマタタビオーケストラを率い、全面的にアレンジを担当していることでも話題を呼んだ。時を同じくして、NHKで深夜、「椎名林檎お宝ショウ@NHK」という番組が放映された。実はこの番組で、僕は椎名林檎がどういう顔をしているのか初めて知った。なにしろCDジャケットなどで見かける彼女は、いつもコスプレがきつく、その都度、全く別人のようで、たとえ目の前に座ったとしても、彼女であることには気がつきそうもなかったのである。しかし、テレビで初めて椎名林檎が話すのを目の当たりにした僕は、改めて確信した、やはり彼女はオカシイ、と。

「しかし、なーぜに、こんなぁにも目ぇーが乾く、気ーがするーのかしらねぇー」。セカンドアルバム、「勝訴ストリップ」の最初の曲、「虚言症」の、なんともけだるい出だしが流れ始めると、たちまち僕は全身に鳥肌が立ち、同時に郷愁に満ちた陶酔感に包まれた。奇妙な歌詞、独特の節回し、そしてなんとも不思議なメロディーが、麻薬のように僕の脳の奥にしみこんで行く。冷たい水が渇いた身体を癒すように、体じゅうの毛細血管の隅々まで染み渡って行く。それは、ずばり、僕が永い間、求めて続けてきた音楽だった。あまりにも自分の体質に合っているので、初めて聴いている気がしない。それは、なぜかこの21世紀に、突如として僕の目の前に現れたのだ。

彼女の音楽が僕の心に湧き興す胸騒ぎのような感動は、かつて20代の頃、僕が夢中になっていたアングラ劇に覚えたものと似ている。彼女の芝居がかった音楽世界が、僕の眠っていた記憶を呼び覚ましたのだ。だが、アングラ劇は、結局、僕の求めていたものを与えてはくれなかった。それを、彼女は何の苦もなく手品のように僕の前に出して見せたのである。「日常よりリアルな理想」だとか「現実より真実な嘘」といった厄介なものを。

「椎名林檎お宝ショウ@NHK」のなかで、「デビュー以来、ずっとズレていた」と彼女は語る。デビュー当時、高校の頃作った曲を数年を経て歌うことに、すでに大きなズレを感じていたようだ。さらに、自分の狙いとは別のところでもてはやされる。理解する人は少ないのに、なぜか支持者は多い。しかし彼女は、そうした周囲とのズレを、すべて受け入れる。「女だから」と彼女は言う。誰よりもおとななのに、いつも周りを煙に巻かずにはいられない彼女にとって、どうやらズレは自作自演のようである。

カラオケで歌える3-4分ほどの曲を作っている自分が、クリエイターと呼ばれるのはおこがましいと、彼女は言う。が、それは彼女独特のこだわりだ。クリエイターという称号すら受け入れ不可能なのが椎名林檎なのだ。しかし、だからこそ、彼女の胸のすくような完璧な音楽がある。永遠に朽ち果てることのない、椎名林檎の粋な世界があるのである。

レクイエム

去る1116日、ニコラウス・アーノンクール指揮、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの演奏で、モーツァルトのレクイエムを聴いた。周知の通り、レクイエムはモーツァルト最後の、そして未完の作品である。彼の死後、弟子のジェスマイヤーが補筆完成させたが、どこまでがモーツァルトの作であるか、永年議論の的となり、演奏者によっても、その解釈に大きな違いがある。かつて斬新な解釈により人々を驚かせたアーノンクールが、円熟期を迎えて、どのような演奏を聴かせてくれるかは、大きな関心を集めた。

レクイエムの冒頭の「入祭唱」と「キリエ」は、ほぼモーツァルト自身の手で完成されており、誰しも最も思い入れの強い部分だが、アーノンクールの演奏は意外にも淡々と抑え気味に始まった。しかし、続く「怒りの日」が激しい調子で始まると、音楽は一気に熱気を帯びる。クセが強いと言われるアーノンクールだが、手兵のコンツェントゥス・ムジクスによる贅肉をそぎ落とした演奏は、鮮やかにモーツァルトの意図を浮かび上がらせていく。その崇高な透明感に、次第に心を洗われるような感動が全身を貫いていった。ジェスマイヤーの補筆が増える後半部に入ると、多くの演奏が光を失うようにトーンダウンするのだが、アーノンクールの気合は全く衰えない。奉献唱の「主イエス・キリスト」の、沸き立つような生命力には、新鮮な驚きに打たれた。少なくとも演奏を聴く限り、アーノンクールはこの曲を完成された曲として弾き切っていた。

アーノンクールは、演奏に先立ち、次のように言っている。「モーツァルトにおいては、生活は音楽に何ら影響を与えなかった。10歳にして、人類に与えられたあらゆる感情を音楽で表現することができた彼は、たとえ母の死のような大きな不幸に直面したときでも、何事もなかったかのように作曲を続けた。しかしレクイエムにおいてだけは、彼は初めて自分の心を音楽に託したのではないか」、と。モーツァルトの生活における諸々の事件は、彼の心に感情を引き起こす前に、まず音楽の主題となって現れた。それはすぐに音楽的な必然性に突き動かされ、縦横無尽に展開された。そして、周りが悲しんでいるときに、彼の心はすでにフィナーレを駆け抜け、晴れやかな笑顔を見せられたのである。しかし、そんな彼にとっても、やはり自らの死は特別なものだったのだろうか。果たして彼は、この曲で自らの魂の安息を願ったのだろうか。

死に対して異常に敏感だったモーツァルトは、音楽的に人生の頂点にありながら、もはや避けられない自らの死を悟り、残る命のすべてを注ぎ込んだ。そんな曲を、死ぬ前に都合よく完成させられるはずはなかった。まさに未完であることこそが、このモーツァルト最後の作品の完成された姿なのである。

毎日モーツァルト

今年はモーツァルトの生誕250周年である。NHKではそれにちなんで、「毎日モーツァルト」という番組をやっている。文字通り、1年を通して毎日1曲モーツァルトの曲を紹介していく番組である。当初は110分ではどんなものかと思ったが、毎日毎日、モーツァルトの曲が、その頃の生活とともに淡々と紹介されていくのを観るうちに、いつの間にか自分のなかに今までとは違ったモーツァルトが棲み始めているのに気が付いたのである。

ベートーヴェンやバッハの音楽は、彼らの人格と良く釣り合いが取れているように見える。しかしモーツァルトにおいては、その偉大な作品に比べ、あまりその人物像が浮かび上がってこない。永年の間にモーツァルト愛好家は、彼の音楽に対し、「完璧な調和」「無限に溢れる楽想」といったレッテルを貼り、彼を人智を超えた超人的な存在として崇めてきた。音楽の神童に、いつしか肉体は似合わなくなってしまったのである。

しかし、「毎日モーツァルト」における彼は、まさに生身の人間である。故郷のザルツブルクを飛び出し、職探しに奔走する彼は、今か今かと朗報を心待ちにする。職に就けない彼は、遂に恋人のアロイジアにも振られてしまう。父へ手紙を書くことすらできないほど落ち込むモーツァルト。そこには、傷つきやすく、しかし決して自らを偽ることのない、まさに彼の音楽そのもののような人間が横たわっているのである。

1887年、彼は大きな不幸に見舞われる。妻のコンスタンツェとザルツブルクの父の元に息子の誕生を報告し、ウィーンに戻ってきたときのことである。乳母に預けてあった幼い息子が、その旅の間に死んでいたのである。驚くべきことに、あの明るいK333のピアノソナタは、その直後にかかれたものらしい。番組で静かに流れ始めた第2楽章に、僕の心は惹き付けられる。

方向性のない主題は、まるで茫然としたモーツァルトの心を映しているようだ。穏やかだが、何かを回想するかのようなメロディーが胸をつまらせる。一瞬、曲は淀み、突如として抑えがたい激情がほとばしり出る。が、すぐにそれを振り払うように、音楽は再び前に進み始める。あたかも幸福は常に悲しみと隣りあわせであり、しかし、どんな悲しみも新たな希望への始まりだと言い聞かせるように。

モーツァルトの音楽の最大の魅力、それは、あらゆる苦労も美談も、その前ではわざとらしく見える程の、彼の音楽の説得力にある。しかし、それは空想の中で生まれたのではない。キリストに肉体があったように、モーツァルトという一人の人間がいたからこそ、彼の音楽がこれほど多くの人の心を動かすことができるのである。

K333

昨年はモーツアルトのK333のピアノソナタの1楽章に、丸1年かけて取り組んだ。この曲は、かつて二十歳の頃、「何としてもピアノを弾きたい」と思わせた曲である。8年前にピアノを習い始める以前にも、何度か自分で練習したことはあったが、我流で弾けるほど簡単な曲ではない。習い始めてからもすぐには手が出せず、ちょうど1年前に、M先生に付いたのをきっかけに、この曲にチャレンジすることにした。とうとうこの曲をやるのか、と思うと感無量だった。M先生はそんな僕の強い思い入れを汲み取りながら、優しく丁寧に、そして粘り強く付き合ってくれた。残念ながら、先生は出産準備のため、昨年いっぱいで休職されることになってしまったが、他でもないK333のソナタをM先生に見てもらえたのは何よりも幸運だった。

あるとき、再現部をどう弾くかが問題になった。この曲では、提示部においてしばしばモーツァルトが見せる、第1主題から第2主題にかけてのめまぐるしい転調は鳴りを潜め、調の移行は単純で、非常におおらかである。逆に、再現部において、主題間の転調がないにもかかわらず、なんともいえない微妙な心理的な効果を生み出していて、ソナタ形式の可能性を追求するモーツアルトの挑戦が見えてくるのである。

この曲の練習を始めてから、永年聴いてきたピリス(マリア・ジョアオ・ピリス)のCDを何度も繰り返し聴いた。しかし変なもので、自分が練習している曲を聴くと、演奏の技術や表現、曲の解釈などを必死に追うあまり、演奏を楽しむことを忘れてしまう。かつて、僕の心を大きく揺り動かし、その残響が30年を経た今でも消えることのないこの曲の魅力はこんなものではなかった。レッスンも最後の数回となったとき、かつて僕のなかにあったこの曲の魅力を、なんとか先生に伝えておきたいと思った。そこで、一旦演奏を忘れ、心が動かされるままにピリスの演奏に耳を澄ませてみた。すると、突如、メロディーが天上の妖精のように軽やかに踊り始め、かつてのイメージが蘇ったのである。同時に、この1年間、どう弾けばいいのか悩むことが多かったが、自らの心の中にあるヴィヴィッドな感動があってこそ表現に集中できることがわかったのである。最後のレッスンの日、そのイメージを心に描いて弾くと、先生もなんともいえぬ表情でうなずいてくれたのだった。

こうしてM先生とともに学んだこの1年の体験は、その時々の試行錯誤がそれぞれ有機的に結びつき、あたかも一つの作品のように鮮やかに僕の心に残った。そして、K333のソナタがそうであるように、いつも優しく、小気味よく語り掛けてくるのである。

宇多田ヒカル研究

先日、筑波大学の帰り、秋の気配が迫り来る広いキャンパスをバスが抜け、開通したばかりの筑波エクスプレスのエントランスに立ったとき、ふと、宇多田ヒカルの「ディープリバー」を口ずさんでいる自分に気がついた。自分が無意識に口ずさむメロディーが、案外その時の心理状態を絶妙に言い当てていて、なるほどと手を打つことは珍しくない。ところがその時は、この曲が湧き上がらせる独特の印象が鮮やかに心に残っているのに、なぜそれを口ずさんだのか、うまく言葉で説明できないのである。

オートマティックなどの大ヒット曲を擁した彼女のデビューアルバム「ファーストラブ」が、あまりにもセンセーショナルだったため、宇多田ヒカルというと未だにこのアルバムを思い浮かべる人も多いが、彼女の音楽はその後も止まることなく進化を続けている。そして彼女が結婚した19歳のときに発表された3枚目のアルバム「ディープリバー」で、彼女の新たな才能が花開くことになるのである。

もとより彼女の音楽の魅力はその即興性にある。しばしば見せる急激な音程の立ち上がりは、ノリに任せたアドリブでなければ決して出てこない。それがまた、彼女の音楽をポップでおしゃれに仕上げてもいるのである。「ディープリバー」ではそれがさらに進化して、それまでなかなか感情について来なかったメロディーが、彼女の心の叫びを自在に歌い始めたのだ。強力な磁場のように聴くものを捕らえて離さないそのメロディーは、宇多田ヒカルという個性と何度も共鳴して生まれたものなのだ。

恋に破れ、傷ついてもなお、その恋のときめきを否定しない。喜びも絶望も、恋であり人生なのだ。彼女の歌は、悲痛ななかにも常に前向な意思を見せる。傷ついた瞬間も、幸福をあきらめることはないし、幸福の絶頂に潜む不安のなかでも、堂々と胸を張り、前を見続ける。それは強がりでも負け惜しみでもない。幸福とか不幸とかいうものは、決して到達点ではないのだ。自分を信じ、時に自分を励まし、前を見て進む。彼女の歌は、常にそんな響きに包まれている。

陰と陽が絡み合う彼女の音楽は、聴くものの心の深い部分に入り込み、眠っていたものを呼びさまし、予想もしなかった感情を引き起こす。それは懐かしさにも似ているが、決して感傷的ではない。言葉にならないのは、むしろ当然なのかもしれない。

もっとも、この天才歌姫にとって、自分の歌の面倒臭い分析などどうでも良いに違いない。彼女の目は未来を見つめている。そんなの当たり前ジャン!彼女は、ポンと肩を叩いて走り去っていくだろう。頑張って!と言い残して。

発想の転換

先日、ピアノの練習で画期的な進歩があった。僕は昔から、譜面を睨んだまま、できるだけ手元の鍵盤は見ないで弾くようにこころがけてきた。大人になってから自己流でピアノを始めたため、それが正しい練習方法だと信じてきたのである。しかし、音程が大きく飛ぶような場合、鍵盤を見ないとどうしても音をはずすことが多くなる。先生は、そうしたときだけ手元を見るように勧めるのだが、永年見ない癖がついているので、下手に見ようとすると余計に間違える。先生と対策を練った結果、思い切って暗譜してみては、ということになった。譜面を全部覚えてしまえば、後はずっと鍵盤を見て弾けばよい。しかし、子供にとっては発表会の前に必ずする「暗譜」という作業を、僕は一度もしたことがなかった。案の定、やってみると大いに戸惑った。譜面を睨んで指の位置を探るのと、音を覚えて鍵盤を見て弾くのでは、全く異なる作業である。そもそも鍵盤を見て弾けば、間違えないのは当たり前ではないか。これでは練習した気がしない。満足感がないのである。

ところが、暗譜を始めるとすぐに思わぬことが起こった。単に音をはずさなくなっただけでなく、演奏が急に表情豊かになったのである。これには先生も驚いた。それまではどうやら、譜面を見て指に指示を出すのに、脳の全パワーを使い切っていたようである。簡単なところは問題ない。しかし、弾きにくい箇所に差し掛かると、指で鍵盤を探ることに集中しなければならない。肝心の音楽がお留守になるのは、考えてみれば当然のことである。傍で聴いていた先生は、僕の演奏が時として急にぶっきらぼうになるのになんとも言えぬ違和感を覚えていたようである。何かが欠けている。しかし、その何かが鍵盤を見るなどという初歩的なことだとは思いもよらなかったのだ。最近では、ピアノを弾く際、今まで感じたことのない音楽の豊かさを感じるようになった。一つ一つの音に気を配るようになり、フレージングは滑らかに、かつダイナミックになった。演奏に表情がないという永年の課題に対して、思わぬ形で大きく前進したのである。

一生延命やっているのに、なかなかいい結果がでない。今度こそ頑張ろうとよりいっそう努力はしてみるが、結果はやはり芳しくない。そうした場合、本人は自分なりに工夫しているつもりでも、実は根本的な問題には手がついていない場合が多い。永年やってきた自分のやり方に慣れ、工夫の仕方がいつしかパターン化しているのだ。実はそうしたことが知らず知らずのうちに自分の可能性を狭めているのではないか。無闇に頑張るだけでなく、たまには立ち止まって発想の転換を図ってみてはどうだろうか。

大人のピアノ

 昨年のクリスマスの夜、人前で初めてピアノを弾くことになった。曲目はモーツアルトのピアノ協奏曲第23番の第1楽章。もちろんオーケストラではなくピアノの伴奏だが、初めての演奏会にしてはなかなかの大曲だ。いや、私の力を知っているものは皆思ったであろう、無謀だ!と。なにしろ私がピアノを習い始めたのは40歳を過ぎてからなのだから。本番は緊張でがちがちで、とても人様に聴かせられるレベルではない。しかし、舞台に立った15分間は、実に多くのことを教えてくれたのである。

 演奏会のプレッシャーは大きく、毎日、駆り立てられるように練習した。年末で仕事も忙しく、夜中の1時過ぎまで弾くことも珍しくなかった。おかげで本番直前にとうとう指を痛めてしまい青くなったが、不思議と疲れていても練習は苦にならなかった。もっと気楽にやれば、と言う人もいたが、本人はいたって充実しているのだから仕方がない。

何がそんなにおもしろいのか。好きな曲ほど意欲が湧くのは、音楽の持つ魅力に引っ張られている証拠であろう。演奏すると、聴くだけではけっしてわからないバッハやモーツアルトの世界が見えてくる。彼らの崇高な世界に一歩近づくことができるのである。

だが、これだけ夢中になれるのは、どうもそれだけではなさそうだ。練習自体が面白いのである。自分なりにいろいろ工夫して、弾けないところが弾けるようになっていくのが楽しくて仕方がないのである。弾けば弾くほど引き込まれていく中毒状態で、まさか命を縮めることもないだろうが、少し怖くなることもある。

ところでピアノの練習は指を鍛えていると考えがちだが、実は脳の鍛錬である。もちろん成長途上の子供の筋肉や骨格は、永年の練習によってピアノに適したものになっていくのであろうが、毎日の練習レベルで弾けないところが弾けるようになるというのは脳の学習による。練習とは指を動かすプログラムを脳に書き込んでいく作業なのである。

ただし、このとき主役となるのは大脳ではなく小脳である。小脳は運動能力、技術といったものをつかさどる場所である。体が覚えている、という言い方は小脳の働きを特徴的に言い表したものである。そして言語を習得する能力と同様に、この小脳の働きも子供のほうが大人よりずっと優れている。悔しいが、わが娘を見ていると納得せざるを得ない。しかし、大人だからそこそこ弾ければいいではないか、と言われるのも悔しい。小脳はともかく、大脳の働きは経験豊かな大人のほうがずっと優れているはずだ。そもそも音楽的な表現は大脳の役割である。練習を工夫しさえすれば、働きの弱った小脳を補えるに違いない。

しかし演奏会では、結局、自らの小脳の弱さを痛感する結果となった。練習のとき間違えたことのないような箇所でつぎつぎとミスが出る。どうやら、緊張すると大脳はうまく働かないらしい。練習では小脳への不完全な書き込みを大脳がカバーしていたのだ。しかし、そう気がついたのは本番の真っ最中で、すでに手遅れだったのだ。