ネットオークションの楽しみ

 ネットオークションはもともとフリーマーケットのインターネット版である。しかし、何しろネットの利用者は全国に広がっているので、不要な物が必要な人と出会う確率は圧倒的に高い。商品の種類も豊富なので、最近は日常的な買い物に利用する人も少なくない。

 オークションでは、当然、人気のある商品は高くなる。デジカメなどの人気家電やブランド品などは、量販店やブランド品専門店などに比べ、あまり割安とはいえない。逆に一般に人気のないものの中に面白いものがある。フィルム式カメラなどもその一つだ。デジカメの普及ですっかり人気がなくなり、物によってはタダ同然である。確かにデジカメは手軽に撮れるが、データをパソコンに保存してそれっきりになりがちである。フィルム写真では、現像するのが当たり前で、出来上がった写真を楽しむ機会はずっと多い。画質的にもまだデジカメより優れるフィルム式カメラは、狙い目商品の一つなのである。

ネットオークションでは、入札に際して実際に商品を手にとって確かめることはできない。出品者がネット上にアップした数枚の写真と商品説明だけが頼りである。従って出品者の信用が重要なポイントとなる。そのため、落札者は落札後、出品者を評価することになっている。この評価内容は公開され、次の入札者が参考にするので、出品者はできるだけ誠実に対応しなければならなくなる。評価システムはオークションにおける信用の要なのだ。

 オークションに出品しているのは個人だけではない。最近ではオークションの巨大な市場を狙ったオークションストアと呼ばれる専業業者も増えてきた。こうしたストアのなかには、驚くべき安さで大量のものを出品しているものがいる。ネットオークションでは、店舗が不要で、営業経費もゼロである。その分安くできるのは理解できるが、材料費さえ出そうもない商品がいくらでも出回っている。いったいどうなっているのだろうか。

それらの商品の多くは、倒産した企業や個人の動産競売品である。ただし、それは競売で落札されたものではない。競売品を落札すると、いらないガラクタも一緒に引き取らなければならず、その処分にコストがかかる。お金を払って落札していたのでは合わない。そこで彼らは、競売で落札されなかったものを、逆に処分費をもらって引き取ってくるのである。つまりタダどころか、お金をもらって仕入れているのだ。同時に彼らは、鉄くずなどを売りさばくルートも持っていて、オークションに出せない物も効率よくお金に換えているのである。

マーケットリサーチと宣伝広告が支配する現代の消費市場は、売る側の論理に支配され、掘り出し物に出会う機会など皆無である。信頼性に不安があるにもかかわらずネットオークションが賑わうのは、思わぬ商品に出くわす期待とオークション独特の駆け引きに、買い物本来の醍醐味を感じるからではないだろうか。

化石燃料の功罪

18世紀、蒸気機関の発明は石炭の利用の道を開いた。さらに19世紀に出現した内燃機関は石油の時代を切り開いた。こうした化石燃料の利用は、それまでの人類の歴史をすっかり変えてしまった。農耕社会から工業化社会への移行が急速に進み、そうした工業化がさらに化石燃料の使用量を増加させるというサイクルが回り始めたのだ。そしてそれ以降、人類は、化石燃料の使用量を増加させ続けてきたのである。

工業化の結果、人類は物質的に急速に豊かになった。飢えや寒さ、病気と言った、それまで人類を苦しめてきた様々な困苦を次々と克服し、人口は増加し寿命も延びた。過酷な労働からも解放され、自由な時間を享受することができるようになった。さらに、科学技術の飛躍的な進歩は、コンピューターやインターネットを産み出し、かつては誰も想像すらできなかったような便利で快適な生活が可能となったのである。

しかし一方で、工業化の急速な進展は、経済的な競争の激化を招いた。19世紀の帝国主義は、やがて20世紀前半の世界大戦へとつながっていくが、これを支えたのは、化石燃料による軍事力の飛躍的な拡大である。大戦が終わっても、経済戦争は終わることはない。かつての帝国主義が、天然資源を争うものであったのに代わり、貿易や資本投下という形で、工業生産のための安い労働力をいかに確保するかに焦点が移る。さらに20世紀後半になると、金融が経済戦争の最前線に躍り出る。われわれは化石燃料により、物質的に豊かな生活を手に入れた反面、熾烈な競争社会に身を置かざるを得なくなったのである。

しかしながら、現在、次の2つの観点から、人類は大きな転換点を迎えているのではなかろうか。まず、地球温暖化に代表される環境破壊の問題である。化石燃料が環境に及ぼす影響を無視して経済性を優先させてきた結果、いよいよそのツケが回ってきたのである。もうひとつは、経済戦争の激化により引き起こされた、資本主義の機能不全の問題だ。サブプライムローン問題に象徴されるように、最先端の金融工学を駆使し、あまりにも効率を追求した結果、市場原理がうまく働かなくなってきているのである。

これら2つの問題は、いずれもこの200年あまりに急速に拡大した化石燃料依存型社会の限界を示している。くしくもそうした中で、石油価格が急激に上昇を始めた。化石燃料に頼りすぎている現代社会の危うさを、市場が敏感に感じ始めたのである。

化石燃料を使い始める以前も、人類は永年にわたって幸福を追求してきたはずである。簡単に豊かさが得られる現代と異なり、当時の人たちはもっと深く幸福について考え、多くのことを知っていたに違いない。現代では、ダ・ヴィンチやモーツァルトのような天才が現れなくなったのも、物質的な豊かさに振り回され、本来持っていたパワーを現代人が失ってしまったからではないのか。

今、世界は技術の進歩で、快適さを維持したまま環境に良い暮らしを目指そうとしている。一方で、競争社会におけるリスク管理に躍起になっている。しかし、それらはいずれも対症療法ではないのか。化石燃料がなかった時代に人々がどう考えどう生きていたかを、原点に帰って見つめ直してみることこそ、今、本当に求められているのではないだろうか。

車社会の黄昏

 120km車に乗ると、年間2トンものCO2が排出される。家庭が車以外に出すCO2とほぼ同量が、わずか130分車に乗っただけで排出されるのである。これでは、汗をかいてエアコンの設定温度を上げ、照明をこまめに消して省エネに努めても、全てパーである。同じ一人を運ぶのでも、電車の場合、排出されるCO2の量は車の約20分の1で済む。なぜ車はこれほど多くのCO2を発生するのだろうか。

もともとエンジンよりモーターのほうがエネルギー効率が高い。しかも、線路を走る電車に比べ、道路をタイヤで走るため摩擦が大きい。にもかかわらず、体重60kgの人を運ぶのに常に1トン以上の鉄の塊を一緒に運んでいるのである。エネルギーロスが大きいのは当たり前である。確かにどこでも自由に行ける便利さはあるが、その代償として多量にCO2を排出しているわけである。今後、ハイブリッド車や電気自動車が普及しても、これほど重いものを走らせている限り省エネには限界がある。しかも、重量が大きければ、生産時に排出されるCO2の量も大きくなる。車1台を生産するのに約4トンものCO2が排出されているのである。さらに道路などの車のためのインフラ整備においても、莫大なCO2が排出されており、車社会は巨大なCO2の発生源になっている。

1859年、アメリカのペンシルベニア州で始めて石油が掘削された。当時、石油の主な用途はランプであった。しかし、1879年、エジソンの電球が発明されると灯油の需要は落ち込み、石油産業は破産しかける。それを救ったのが車の発明である。車の石油使用量はランプの比ではなく、世界の石油需要は飛躍的に増大する。まさに車は石油大量消費時代の扉をあけたのである。

しかし、いまやガソリン価格は高騰し、温暖化防止でCO2の発生を抑えなければならない。石油を大量消費する20世紀型の車社会は大きな転換期を迎えている。ガソリンの急激な値上がりにより、6月のアメリカでの新車の販売台数は前年比で18%も落ち込んだ。すでに先進国では車離れが始まっているのである。また、世界のあちこちの都市で路面電車が復活し、パリのようにレンタル自転車網を整備して市内の自動車通行量を30%も減らしたところも出てきている。近い将来、人間の移動手段は劇的に様変わりする可能性がある。

単に移動手段を変えるだけでなく、移動そのものの必要性も見直されている。ある国際企業は、会社が排出するCO2の量を減らすためにTV会議を導入し、海外出張を大幅に減らした。IT化が進んだ今日の情報化社会では、果たして毎日会社に出社する必要があるかどうかも疑問である。すでに大企業では、本格的に在宅勤務を検討し始めている。

今後、移動にともない排出されるCO2は徹底的に削減を求められていくだろう。そうした中で、将来の車の姿は果たしてどのようなものになっていくのだろうか。少なくとも多量のCO2を撒き散らしながら風を切って走る鉄の塊がステータスであった時代は、早晩、終わりを告げるのではなかろうか。

エスカレーターの誘惑

 毎日1時間ほどかけて通勤する東京の50代の男性の体力は、小学校高学年の児童より勝っているという。毎日、駅の階段を上り下りしているためらしい。サラリーマンの涙ぐましい姿が目に浮かぶ話だが、最近、JRなどの駅におけるエスカレーターの普及が目立つ。これで少しは「痛勤」が緩和されそうだが、せっかく鍛えられたオジサン達の体力はどうなってしまうのだろうか。

エスカレーターは階段の上り下りの負担を軽減するためのものだが、最近ではバリアフリーの観点から設置される場合も増えた。しかし、単にそれだけの理由で多額の費用をかけてエスカレーターを設置しているわけではない。

 エスカレーターが設置されると大半の人は、かなり遠回りになってもエスカレーターを利用し、階段は途端に利用者が減る。何も言わずに動いていても、エスカレーターが人を引き寄せる力は絶大なものがある。エスカレーターを設置する側は、当然、そうした利用者の心理は計算済みで、人の流れをコントロールすることが彼らの目的なのである。

 それにしても、日頃から健康のためにジムに通っている人でも、平気でエスカレーターを利用するのには驚かされる。楽なものが目の前にあれば利用するのが当然であって、階段を上っていれば逆に物好きと見られかねない。それが社会的常識であって、メタボ解消に階段の利用を勧めてもあまり効果はなさそうである。

そうした常識に異を唱えるのが、高齢者のことを考えて「天命反転住宅」を設計する世界的芸術家、荒川修作氏である。この住宅は今流行のバリアフリー住宅ではない。それどころか、この住宅はいたるところバリアだらけなのである。平坦な場所はほとんどなく、家の中の移動はほとんど斜面か段差の上り下りだ。シャワーを浴びるときも足を踏ん張っていなければならない。なにゆえこんな住宅を作ったのか。

人は歳とともに筋肉が衰え、運動が億劫になる。それがさらに筋肉の衰えに拍車をかけ、怪我や病気の原因となる。その結果、本来、寝たきりになるような歳でもない人が寝たきりになっているのが現状である。バリアフリーの発想は、逆に体力の衰えを促進し、結果的にバリアを高くしているのだ。荒川氏はこの住宅で、人間が本来持っていた感覚を呼び起こし、さらには新しい感覚を生み出す必要性を強調する。楽なことが快適な生活であると信じて疑わない現代人の発想の貧しさを強烈に皮肉っているのである。

エスカレーターが設置されれば、誰も階段を上らなくなり、体力が落ちる。マイナスであるのもかかわらず、それに逆らうことはできない。現代人は無節操に便利さを求めることで、知らぬ間に衰えているのである。これは単に個人の体力の問題だけではない。石油を使い、電気を使い、ひたすら便利さを追求してきたことで、地球環境は蝕まれ、全人類が自らの寿命を縮めているのである。

何の疑問もなく便利さを受け入れる精神構造が改められることはあるのだろうか。現代人の弱点を見透かすように、エスカレーターは今日も静かにあなたを誘っている。

4つの最寄り駅

 「うちって最寄り駅が4つもあるなんて、スゴクない?」。先日、長女がそう言うのを聞いて可笑しくなった。2年程前に、娘たちの通学に支障がないという条件で、以前のマンションから10分程度離れたこの場所に引っ越してきたのだが、それまでの最寄り駅だったJR小岩駅に加え、JR新小岩と京成の青砥、立石が利用可能になったのだ。もっとも、以前、徒歩8分だった小岩駅は徒歩20分の彼方に遠ざかり、他の駅もそれより遠い。何のことはない、どの駅からも遠い場所に来てしまったのである。駅に近いことを最大の売り物にする昨今のマンション事情からすれば、まさに時代に逆行している。毎日の通勤もあり、この距離が生活にどれほど影響するのか、当初は少なからず不安だった。

しかし、住まいの魅力は何も駅に近いことだけではない。この辺りは小岩の西のはずれに当たり、西側にはもはや視界をさえぎる物はない。我が家のある11階から見下ろすと、ところどころに畑が残る住宅地を中川が縫うように蛇行している。そして、荒川の土手の上を走る首都高の向こうには、北から南まで東京の都心が一望の下に展開している。その胸のすくような眺望の魅力は、駅までの不便を補って余りあるものだった。北の方から池袋のサンシャイン、新宿のビル群と続き、新宿と渋谷の間には、丹沢連峰を前衛にした富士山が流麗な姿を見せている。さらにこのところ高層ビルの密集地帯となった東京駅周辺、東京タワー、六本木ミッドタウン...。ずっと行くと、お台場の観覧車まで見渡せる。

都心を東側から眺めることになるのだが、街々は互いに重なり合っているため、当初はどこがどこだかわからなかった。しかし、地図とにらめっこをするうちに、次第に東京の鳥瞰図が浮かび上がってきた。その結果、浅草と秋葉原、渋谷が重なっており、ある日忽然と姿を消した六本木ヒルズは、錦糸町にできたオリナスに隠れてしまったことがわかった。東京の景色も刻々と変わっているのだ。

駅から離れた効用は景色だけではない。人間の心理として、駅と反対側にはあまり出かけないようで、以前は家と小岩駅の間を行き来するだけだったが、今では逆方向に出かける機会も増えた。生活圏が4つの駅に向かって放射状に広がり、これまで知らなかった店や施設を利用するようになった。単に利便性の問題だけではない。いくつもの街の暮らしぶりに触れることで、自分の心の中の街も一回り大きくなったのである。

 越してきて最初の年の大晦日、新年が近づくと、以前は聞いたことがなかった除夜の鐘が、あちこちでゴーンゴーンと鳴り始めた。近くの八剱神社に出かけてみると、かがり火が焚かれ、ちょうちんが明々と照らす参道には初詣の人たちが長蛇の列を作っている。お参りをした人には神主さんが一人一人お払いをしてくれ、その後、甘酒やお神酒が振舞われるのだ。駅から少し離れただけで、地元のこうした伝統が大切に守られている。帰り道、なんだか子供の頃に帰ったような、うきうきとした気分になった。

最寄り駅が4つ。思わず出た娘の言葉には、新たな住みかへの愛着が溢れていた。

生きるってことでしょう

最近、妙に心にしみこんできた言葉がある。養老猛さんがテレビの対談で発した、「要は、生きるってことでしょう」という一言だ。

養老さんは、東大の教授を定年を待たずに辞めた。人生をやり直すには、定年まで待っていては遅過ぎると感じたからだ。しかし、辞めてみて、改めてそれまで自分で考えていた以上にいろいろなことに縛られていたことに気がついたという。

 人は知らず知らずのうちに、色々なことに縛られている。養老さんですらそうであった。サラリーマンは会社に縛られ、自分で会社をやれば会社の経営に縛られる。子供は子供で、勉強や学校に縛られている。もちろん、そうした生活が楽しくて仕方がない人もいるだろうが、そういう人ばかりではない。もともと、どう生きるかは自分の勝手なはずだ。特に、われわれが住んでいるのは、世界有数の先進国であり、大半の人にとって明日の食べ物を心配する必要などない。誰でも自由に生きてよい環境にあるはずだ。むしろ自ら進んで社会に縛られ、自分の居場所を狭めてしまっているのではないのか。

リストラにおびえるサラリーマンにとって、会社は楽しいはずもないのに、逆にしがみつこうとする。辞めても行くところはないし、給料は下がるだけで良いことはない。今の会社で出来るだけ頑張るのがベストなのだ、と自分で自分に言い聞かせている。もちろんそれはあながち誤りではない。家庭を守り、子供を大学に通わせるためには、我慢することは大切だ。さっさと辞めてしまうのは、むしろ無責任だともいえるだろう。しかし、人生は一度しかない。本当にそれでいいのか。家族を守るためなどと言っているが、実は勇気がないだけではないのか?少なくとも、早く定年が来ないかと待っているなんて、異常だとは思わないか?

もっとも、思い切って辞めたからといって、急に道が開けてくるわけではない。人生、そうそう甘くはない。では、一体どうすれば良いのか。その答えが、「生きるってことでしょう」という養老さんの叫びなのだ。いろいろ悩んでいるうちに、肝心の生きることをすっかり忘れてしまい、何かにつけてもっともらしい理屈をつけて悩んでいる。そんなあなたは、生きながらにして死んでるんじゃないか?彼は、そう問いかけているのだ。

養老さんの言葉に、思わずハッとさせられたのは、恐らく自分自身が悩んでいたことへの答えが、ずばりそこにあったからだ。僕は、回りの人からは、やりたいことをやっている人間だと思われているが、決してやりたいことがやれているわけではない。むしろ逆で、自分がやりたいことはいったい何なのか、この歳になってもずっと探し続けているのである。しかし、養老さんの言葉を聞いて、自分があまりにも、「やりたいことをやらねば」という考えに縛られていることに気づかされたのである。やりたいことをやるのは難しい。しかし、「生きること」ならできる。何しろ面白いことはいくらでもあるのだ。

そう思った瞬間、何か急に肩の力が抜けた。そして不思議なことに、心の中で熱いものが湧き上がるのを感じたのである。

1000m/20分

 ちらりと時計を見上げると、19分3秒を指していた。あと57秒。最後の50mだ。3秒の遅れくらい何とかなる。最後の力を振り絞って腕の回転を上げ、ビートを打つ足にぐっと力を込める。一瞬、脳が酸欠状態になるが、そのままゴール。時計を見上げると、20分ちょうど。遂にやったのだ!

 この数年、健康のために、毎週、1000mずつ泳ぐことにしている。当初は、風邪気味だとか、疲れているとか、何かと理由をつけては中断し、結局、月に1-2回も行けば良いほうであった。しかし、この2-3年は、海外出張など止むを得ぬ場合を除けば、ほぼ毎週行く習慣を身につけた。タイムのほうも、かつては、30分弱かかっていたが、ぐんぐん伸びて、昨年の始め頃には23分30秒程になっていた。そして昨年の年初の計で、無謀とは思ったが、1000m20分を切るという目標を掲げたのだ。

1000m20分というと、50mを1分のペースである。しかし、コースは一方通行で、ターンの度に隣のコースに移らなければならない。斜めターンは禁止で、25mごとに、コース変更のために1-2秒のロスが出る。1000mでは39回ターンをするので、それだけでも、40~80秒くらいのタイムロスである。従って、少なくとも50mを58~56秒くらいのペースで泳ぐ力が必要がある。さらにプールが込んでいると、他の人が邪魔になる。平泳ぎで一生懸命泳いでいる人を追い越そうとする時など、わき腹をキックされることもあり、実際には、さらにハイペースで泳がなければならない。

 毎回、苦しさに耐え、泳ぎのフォームを修正して、昨年の夏には21分30秒程度に達した。しかし、そこからがなかなか縮まらない。最初の100mは、ゆっくり泳いでも、50m50秒ほどのペースである。もし、このペースを維持できれば、16分40秒で泳げる計算だが、200mも行かないうちに腕が重くなり、後半の500mは、必死の形相にも係わらず、一向にペースは上がらず、無情にもずるずると後退してしまうのである。

ところが、昨年の11月18日に、突如として20分30秒という驚くべき(?)記録が出た。娘の競泳用のゴーグルを借りたおかげか、或いは、特別体調が良かったのか、原因は定かでない。しかし、それはフロックではなかった。その次の週には、冒頭に述べたように、さらに30秒短縮して、とうとう20分に到達したのである。

 年末年始の休みで体がなまり、今年に入って、また20分台に逆戻りしていたが、2月に入って、再び20分を切った。そして、先日、スイミングパンツを新調すると、なんと18分55秒とあっさりと19分の壁も突破してしまったのである。一体、記録はどこまで伸びるのか?もっとも、あと新調するとすれば、スイミングキャップだけなのだが...。

ホームベーカリーがやって来た

 昨年の大晦日の夕方、小岩駅の雑踏のなかで、雑煮用の餅を買い忘れていたことに気がついた。慌てて店を探したが、どの店もすでに売り切れ。しかし、正月早々、真空パックの餅も情けない。「だが、待てよ」と、手元に目が行く。その時は、上京した母と、暮れの東京見物の帰りだったが、手には大きな荷物を抱えていた。先ほど、秋葉原のヨドバシカメラで、衝動的に買ってしまったホームベーカリーである。そうだ、これは餅もつけるのだ。それを思い出して予定変更。餅の代わりに餅米を買って帰ることにしたのである。

 ホームベーカリーはもともとパンを焼くものだから、餅つき機能はあくまでおまけだ。元旦から、炊飯器の横に鎮座したホームベーカリーを見て、果たしてまともな餅ができるのかと心配になる。娘達は当てにしてない様子。ところが、である。作ってみると、歯ごたえ十分。予想をはるかに超える出来ばえなのだ。何しろつきたてである。市販のものより断然うまい。どうだ!と興奮気味のお父さんに、娘達はあきれ顔だが、ともあれ、我が家のホームベーカリーは、元旦の餅つきで、鮮烈なデビューを飾ったのであった。

 ホームベーカリーの本領は、もちろんパンを焼くことにある。材料の計量が少し手間だが、そこは同じくヨドバシカメラで購入したパンミックスを使って手を抜くことにする。となると、ほとんど何もやることがない。パンミックスと水200mlを容器に入れ、同封のイーストをセットすれば、蓋をしてスイッチを入れるだけである。朝、目覚めるころには、香ばしいパンの匂いが家中に充満する。肝心の味だが、市販のかなり高級な焼き立てパンにも引けを取らないレベルと言って良いだろう。

 しかし、ホームベーカリーの真骨頂は、何と言っても「具入りパン」にある。まずはレーズンパン。自分で作るとわかるが、レーズンは意外に高い。市販のレーズンパンにレーズンが少ないのはそのためなのだ。その点、自家製の場合、好きなだけ入れられる。その結果、これぞレーズンパン、と呼べるものが焼き上がった。さらに、無花果、チョコレート、ミックスフルーツ、キナコ、ベーコン、黒糖、バナナ、果汁などなど。生地にイチゴ練りこみドライイチゴを加えたイチゴパン、ソーセージ入りカレーパン、味噌パンなど、杉山家オリジナルのパンも続々と登場している。いずれも材料はケチらない。

 さらに、このホームベーカリーを使って、うどんやパスタ、ケーキもできる。早速、うどんに挑戦。もちろん、機械でできるのは、粉を練るところまでで、それを2時間ほど寝かせて麺棒で伸ばし、包丁で切らなければならない。太さも長さもまるで不揃いなうどんを、しかし、たっぷりの鰹節で取った関西風のだしをかけて供すると、家族一同、無言ですする。もっちりとしたうどんは、かむほどに味が出るのだ。そして思わず、「うまいねぇ、このうどん!」の声。ホームベーカリー恐るべしである。

受験

受験生とその親にとっては、目の前にそびえる受験は、あたかも人生の勝ち負けを決する天王山である。最難関の大学に合格すれば、何物にも代えがたい優越感が得られ、逆に落ちた者には、容易に回復できない劣等感が刻み付けられる。しかも、こうしてできた序列は一生消すことができない。そうした思いがひたすら受験生を駆り立てる。

しかし、受験は本来、あくまでも大学の選抜試験であり、それ自体が最終目標ではない。むしろ本人が優秀なら、どこの大学に行っても活躍できそうなものである。もし気にするなら、大学の研究環境、つまり教官の質や設備の良し悪しなどのほうがずっと重要ではないだろうか。しかし、受験生やその親の関心は大学の中身ではなく、あくまでも合格の難易度なのである。難しい大学に合格することにより得られる満足感は、大学で何をやるかということより遥かに重要らしい。なんとも奇妙な現象であるが、そこに受験の受験たる所以がある。

それにしても、そうした難関に合格することは、果たして世間で思われているほどのステイタスがあるのだろうか?今や昔のように、有名大卒の看板だけで一生飯が食える時代ではない。世の中はすでに実力主義の時代で、かつてのような学歴に対するこだわりはなくなりつつある。特に大企業でその傾向が強い。有名大卒の看板に、まだ黄門様の印籠のごとき輝きがあると思っているのは、全くの幻想と言ってよい。

もっとも、もし受験勉強が将来非常に役に立つものなら、競争心をあおり学生を必至に勉強に駆り立てる受験は、それなりに意味があるだろう。国民の能力向上のために、心身ともに成長する時期に適切な教育を施し、将来の飛躍の基礎を身につけさせることは理にかなっているし、そのためには競争も必要だろう。しかし問題は、受験勉強そのものに、そうした効果があるかということである。これには色々な意見があるだろうが、僕の考えでははなはだ疑問である。例えば、よく言われるように、受験英語は実践では通用しない。これを受験関係者は、受験勉強は基礎だから、将来、会話の勉強をすればよいと言うが、しかし、アジア諸国の中でも、大学生がろくに英語で議論もできないのは日本くらいのものである。世の中の急速な変化にもかかわらず、基礎だから、という理由で、旧態依然とした受験教育を続けることは、将来を担う若い才能を潰しかねない。

こうした難題を抱えた受験にどう臨むかは、当事者である子供だけでなく、その親にとっても大きな課題である。受験生の親が、自分の子供にどういうアドバイスができるかは、親がどう生きているかを試されてもいるのである。

便利さが奪うもの

かつてLPレコードというのはかなり高価なものだった。小遣いをはたいて買ってきたレコードを、傷つけないよう慎重にジャケットから取り出し、静電気で付いた埃を入念に取り除く。演奏中のプツプツというノイズを減らすためだ。そして静かにレコードが回り始める。針が落ち、曲が始まるまでの数秒間、呼吸を整え、一気に集中力を高めたものだ。

CDが登場すると、傷も埃も気にする必要はなくなった。音質は向上し、操作も手軽になった。気がつけば、かつては宝物のように大切にしてきたレコードも全く出番がなくなってしまった。しかし、先日、ふと思った。CDで音楽を聴くようになって久しいが、かつてレコードから受けたような感動を受けたことがあるだろうか。心を揺さぶられた演奏の記憶はなぜかレコードの頃のものばかりなのである。

レコードがCD、さらにはiPodへと移り変わってきたのと同じように、現在、フィルムカメラはデジカメに変わりつつある。フィルムが不要で、撮ったその場で見られ、しかも失敗しても何度でも撮り直しが利くデジカメは、フィルムカメラに比べ遥かに便利である。何の気兼ねもなく、パシャパシャといくらでもシャッターが切れる。しかし、いざ本気で撮ろうとすると、逆にこの手軽さが邪魔になる。なんとも気合が入らないのだ。

便利さは煩雑さを取り除いてくれる。それ自体は悪いことではない。しかし、何か肝心なものまで失われてしまっているのではないか。便利だが質は劣るという場合はまだ良い。例えば、冷凍食品の味は、まだちゃんと作った食事には及ばない。しかし、冷凍食品の方が断然おいしく、しかも安くなったらどうなるのだろうか。CDやデジカメのように、手作りの料理に取って変わってしまうかもしれない。しかし、料理に手間をかけるのは、ディメリットばかりではない。自分で作るからこそ、味に個性が出る。自分でこだわって作るからこそ、おいしそうに食べる顔を見る喜びがあるのである。便利さは、そうしたものまで同時に奪ってしまうのである。

最近のテクノロジーの進歩は、便利さを生活の隅々にまで行き渡らせつつある。人間は元来、怠け者である。より便利なものが現れると、それまでのものは急に不便に感じられ、たちまち淘汰されてしまう。そして麻薬のように、一度慣れてしまうと、もう後には戻れない。今や便利さは消費行動を決定する最大の要因なのである。

このところ、元旦から開くスーパーも現れた。確かに正月も開いているとなれば、年末にたくさん買い込む必要もない。しかしその便利さは、正月独特のゆっくりとした時間の流れを奪い、普段と変わらぬ生活を押し付ける。いったい何のための便利さなのか。