以前、『「意識」は何のためにあるのか』というエッセイを書いたことがある。生物の最小単位である細胞にはわれわれのような高度な「意識」はないだろうが自力でしっかりと生きていける。一方、高度な「意識」を持つわれわれは、飲酒やダイエットなどで肉体を痛めつけたり、時には戦争を起こして命を落とすこともある。脳によって生じる「意識」は生物にとって果たして本当にプラスになっているのだろうか。
ところが最近、遺伝子スイッチというものの存在を知り、意識の役割について改めて考えさせられることになった。
これまで遺伝子には、生命活動のためのあらゆる情報が含まれており、生物は一生その情報にしたがって生きていくしかないと考えられていた。ところが最近、遺伝子にはいくつもスイッチがあって生活環境によってそれがオンになったりオフになったりするということがわかってきたのである。つまり自分の遺伝情報は常に変わっているのだ。
生活は意識的に変えることができるから、人は自分の意識によって遺伝子のスイッチをオンオフし、人生を遺伝子レベルで変えられる可能性があることになる。われわれは親から受け継いだ遺伝子情報に生涯支配されるわけではないのだ。
従来、進化というのは遺伝子の突然変異により起こると考えられてきた。だが、遺伝子スイッチがあれば誕生以降も生物の遺伝子の働きは変えられ、言わば生まれてからも進化できるということになる。もし、自分の子供が誕生する前に意識的に自らの遺伝子を進化させておけば、自分の子供に進化した遺伝子を受け継がせるということもあり得るのだ。
さらに想像を広げれば、個人の進化は社会の進化を促すことにもなり得るだろう。社会の変化に遺伝子が関わってくるのだ。そして意識の力で遺伝子に引き起こされた進化は、今度は逆に意識自体にもフィードバックされるだろう。人類の急速な進歩を可能としたのは、遺伝子スイッチによるそうした進化の仕組みが関わっているのかもしれない。
もともと単細胞生物といえども無生物とは異なり何か意識的なものを感じさせる。だが、そのレベルでは意識はまだ遺伝子スイッチの状態に影響を与えることはできなかったのではあるまいか。しかし、進化により脳が発達し「意識」が生まれると、われわれは自らの周りの環境を意識的に変えることができるようになり、その結果、遺伝子スイッチのオンオフに「意識」が関与するようになって来たのではないか。
もし、そうであるとすれば、「意識」は単に人間的な行動の源となっているだけでなく、生物の進化を担っているのではなかろうか。これまで進化は偶然の突然変異によって引き起こされ、そこには「意識」が関与する余地はないとされて来たが、実は意識と進化は密接に結びついているのではないか。
遺伝子スイッチについてはまだ研究が始まったばかりで、あまり想像を逞しくするのは良くないかもしれない。今後の研究の進歩を冷静に見守りたい。