先日、友人がネットで「時間とは何か」という動画を見つけて教えてくれた。そこでは、物理学者をはじめ数学者や心理学者、さらには古代ギリシャの哲学者の時間に対する考察が展開されていた。それぞれの専門家が生涯をかけてたどり着いた考え方には鬼気迫るものがある。だが、この人類古来の疑問は、そう簡単には解けそうもない。
当の友人は、「あらゆるものが壊れ朽ちていくことこそが時間だ」という考え方に共感したようだった。巨大な建造物も繊細な工芸品も時間が経てば次第に損なわれていく。そこには確かにわれわれの時間感覚の本質の一つがある。
こうした現象は、物理学的にはエントロピーの増大を表している。エントロピーの増大と言うのは簡単に言えば、「自然は確率的に起こりやすい状態に向かっていく」ということだ。秩序だった状態は少し油断すればすぐに乱雑な状態になってしまい、その逆は起こらない。だが、この法則は時間の方向は定めてくれるが、どれだけ時間が経ったのかは教えてくれない。エントロピーの増加量と時間の経過を結び付ける方法は今のところない。
どれだけ時間が経ったのかを知るためにわれわれが用いるのは、エントロピーではなく時計ある。では、時計は時間を忠実に表しているだろうか。時計は単純化すれば周期的な運動をする機械である。ニュートンは宇宙のどこにおいても絶対的に正確な時計があると仮定し、それを基準に物体の運動を表すことで運動の法則を見出した。
この方法は成功し、運動を数学で表すことに初めて成功したと思われた。しかし一つ大きな問題があった。彼が導いた運動方程式は過去と未来について対称的になっているのである。つまり、ニュートン力学が描く世界は、ビデオの逆回しのように時間を反転しても全く問題なく成り立つのである。だが、現実にはコップを落とせば砕け散るが砕け散ったコップが元に戻るようなことは起こらない。エントロピーの増大のような不可逆的な現象をニュートン力学から導くことはできないのである。
エントロピー増大の法則は熱力学という分野で発見された。熱力学は、蒸気機関のような熱機関の効率をいかに上げるかという要求から発達した分野で、熱や温度が関係する現象をニュートン力学と結びつけることにより、例えば空気に熱を加えるとどのように膨張するのかというような問題を定量的に扱えるようにした。
熱力学では、熱機関とその周りにある熱欲との間で熱のやり取りが行われる。熱というのは分子の振動エネルギーだから、ミクロな眼で見れば分子どうしがぶつかり合いエネルギーをやり取りしている。その過程でエントロピーが増大するわけだが、なぜエントロピーが増大するかは、ニュートン力学でもその後の量子力学でも説明できないのである。
われわれは時計が時間を表していると考えているが、時計を基準に作られたニュートン力学はエントロピーの増大を説明できない。時計的な時間は、全てのものが朽ち果てていくことを説明できないのだ。何か肝心なものが見落とされているようである。