先日、NHKで映画監督の是枝裕和氏が永年師と仰ぐイギリスの巨匠ケン・ローチ監督と対談する番組があった。
二人は永年家族が映す社会の姿を描いてきた。是枝監督は、あらゆる共同体の中で人がすがる最後の共同体が家族だと言う。その家族が今や崩壊の危機にさらされている。現代社会の過酷な就労環境のなかで、家族は精神と肉体をすり減らし、ついには家族同士で罵り合いを始めるに至る。
人類は、永年経済発展を続け飛躍的に豊かになったはずだ。それなのになぜ世界中で多くの人々がこれほど追い込まれているのだろうか。ローチ監督によれば、それは結局、経済的な競争が原因なのである。
企業はあらゆる技術、手法を用いて競争に勝ち抜こうとする。コンピューターやIT技術が進歩すると、そうした技術をいち早く取り込んだGAFAなどの大企業が市場において圧倒的な支配力を持つようになり、それ以外の企業と労働者はそうした巨大企業に奴隷のように従わざるを得なくなってしまった。
さらに中国などの新たなプレイヤーも台頭し競争に拍車をかけた。資本主義市場になだれ込んだ巨大な労働力が世界中で労働者の賃金を圧し下げたのだ。
弱者はもはや強者に対抗できず、自分よりさらに弱いものから搾取するしかない。勝ち組は負け組に対して自己責任だと突き放し、弱者は自らを責めるしかない状態に追い込まれていく。
本来ならば国家がそうした不平等を正すように努めるべきだが、今の国家は勝ち組優遇である。その方が政権維持に有利だからだ。しかもその事実を有権者に巧妙に隠し自分に批判が向かないようにしている。ある首相はこれまで一貫して経済優先を唱えているが格差が縮まる気配はない。にも関わらず選挙には勝ち続けているのだ。
富裕層はボランティア活動などでしばしば弱者に施しを与えているが、彼らが最も嫌がるのは弱者が力を持つことだとローチ監督は指摘する。だからこそ富裕層は国家とも手を組み自らの王国を守ろうとする。
こうした現状に労働者たちが気づいていないことが最大の問題であるとローチ監督は訴える。労働者を追い込んでいるのは、彼らから労働力を不当に盗んでいる大企業とそれを擁護する国家なのだ。労働者に現状に気づいてもらうためにローチ監督は映画を作り続けているのだ。気づきさえすれば、SNSを通じて労働者自身が声を上げることは十分可能なのである。