10年ほど前から友人のKと物理の議論を続けている。つくばに住む彼は、東京の大学に非常勤講師として物理を教えに来ていた。その帰りに月に1度程度、どこかで会って物理の議論をするのが習慣になっていた。もっとも半分は飲み会である。
まず、喫茶店でコーヒーを飲みながら1時間ほど真面目に物理の話をする。その後、クラフトビールや日本酒のうまい店に移り、食事をしながら物理の話を続ける。次第に酔いが回り、自然と話は物理以外にも広がっていく。仕上げにバーでウイスキーを飲むころにはかなり酔っているが、突然、質問し忘れていたことを思い出したりして、そこでまた難しい物理の話に戻ったりする。
そんな楽しくも充実した会も新型コロナウイルスの関係で開けなくなった。Kも東京に出てくることはめったにない。
一方、家にいる機会が増えたため、腰を据えて物理の本を読でんみようと思い立った。運よく面白い本が見つかったが、読み進むにしたがってKに聞きたいことがどんどん出てくる。何とかしなければというわけで、巷で流行っているネット飲みを試してみることにした。「物理 de ネット」だ。
ネットにおいても最初はしらふだが、途中から飲み会に移行する前提であらかじめ酒やつまみは用意しておく。最初の1時間くらいは、事前に用意しておいた質問事項について議論するのだが、それが一段落する頃にはお互いに無性に喉の渇きを感じ始める。どちらともなくビールの缶を開けると第2ステージの始まりだ。
Kは議論の途中で、「ちょっと待って」というとパッと姿を消し、戻ってくると手にした本を広げ、「ここに杉山が言っていることが書いてある」などと言いながら説明を始めることがよくある。Kの豊富な蔵書が手元にあるのはネット飲みの大きなメリットなのだ。
また、Kがゼミで使う黒板代わりにタッチパッドを用意してくれ、画面上で数式や図を描きながら議論できるようになった。飲み屋でナプキンを広げ万年筆で数式を書き下していたのも味があったが、はるかに便利でわかりやすい。
神田あたりでやるのもいいが、Kとしても酔った足でつくばまで戻るのはちょっとつらい。ネットなら終電の心配もなく飲みすぎて失敗することもない。少々高級な酒やつまみを用意しても費用は格安だ。物理を肴に飲むにはもってこいの仕組みだ。
行きつけのバーのマスターの顔も懐かしいが、何分止むを得ない。しばらくは「物理deネット」の充実を図るべく工夫を凝らしていくことになりそうだ