K331の衝撃

 1年ほど前、家内の実家に友人が集まり、公開練習会と銘打ってピアノやチェロの練習成果を披露する内輪の会を始めた。練習会だから、間違え、弾き直しは御免である。昨年の会が終わった時点で、今年はモーツァルトのK331の第一楽章を弾こうと決めていた。

 30年ほど前にワルター・クリーンの演奏でこのK331を聴いたと、以前、書いたことがある。演奏が始まる直前、このトルコ行進曲付きの有名なソナタを最初の演目に持ってきたのを、何か安直な選択のように感じていたのを覚えている。ところが静かにテーマが始まると、その思いはたちまち消し飛んだ。

 クリーンの繊細なタッチから生まれる音はガラスのように澄んでいた。そのあまりの美しさに思わず身震いしたが、それを味わっている暇はなかった。すぐに快感とも苦痛ともつかない衝撃が次から次へと襲ってきたのだ。まるで何か必死に痛みに耐えつつも、ついに耐えかねて叫び声をあげるように、僕の感性は波状攻撃を受けて次第に限界に近づいた。呼吸はままならず、失禁しそうになるのを必死にこらえなければならなかった。

 実際にはそれは苦痛ではなく、恐らくは強い幸福感だったに違いない。体の中から次から次へと湧きあがるのも喜びだったのだろう。ただ、それは親しみやすいK331の曲想からはとても想像できない激烈なものだったのだ。

 その日の演目はオールモーツァルトだったが、そのあと演奏された他の曲ではそのようなことは起きなかった。また、後日、この曲を他のピアニストで何度か聴いたが、そんな経験をしたことはない。たまたまクリーンの傑出した技術が、K331を通じてモーツァルトの秘密の扉を開けたのだろうか。

 公開練習会に向けて、僕は1年かけてこの曲を練習してきた。譜づらは簡単そうに見える。だが、個々の音は常に他の音との相関の中にありモーツァルトの多義的な要求に応えるのは容易ではない。一見滑らかで平易なメロディーも、実は不協和音が大胆に使われ、破綻と調和が繰り返している。いたるところにインスピレーションが溢れ、遊び心にも満ちているが、同時に凛とした格調に貫かれ、弾くものは天才の確信を思い知らされるのだ。

 練習の参考にネットでいろいろな演奏を聞いてみた。その中でバレンボイムの演奏に何か胸騒ぎのようなものを覚えた。その弾き方はクリーンとは異なり、やや無骨とも言えるものだが、そこにはかつての衝撃を彷彿とさせるものがあった。

 モーツァルトの音楽には、「純粋」「無垢」といった枕詞がつきものだ。だが、それはしばしば誤解されている。無垢さは汚れを知る前の未熟さではない。あらゆる苦悩を受け入れ許すことができる自由で強靭な心だ。

 バレンボイムの演奏から僕はその無垢な心の一端を感じたのだろう。それに気づくと、クリーンの演奏から受けた衝撃の謎が解けたような気がした。それは、K331という傑作を通じて音楽の神様の無垢な心に僕の心が直接触れ共鳴した瞬間だったのである。

アマチュアリズム

 NHKで「プロフェッショナル」という番組がある。そこで取り上げられるのは業界の一線で活躍する優れた技術や能力を持つプロたちである。もともとプロとアマの違いは携わっている分野で生計を立てているかどうかということだが、あえてプロという言葉を用いる場合、一般人より優れた何かを持っているという含みがある。

 プロの画家になるには絵を売って収入を得なければならない。高い金を払って絵を買おうという人は限られているから、当然、高いクオリティーが求められる。一方、その見返りとして、プロの画家は趣味で描く人に比べてはるかに多くの時間を絵に注ぎ込むことができる。そうした環境がプロの高いレベルを支えているのだ。

 とはいえ、金を稼ぐというのは大きな制約にもなる。テレビ番組の製作者なら視聴率を取らなければならないし、ミュージシャンは曲をヒットさせなければならない。その結果、好きなものを作っていれば良いというわけにはいかず、時にはユーザーに迎合しなければならなくなる。もちろんそうした制約をクリアし、なおかつ優れたものを生み出せるからこそプロと呼ばれるわけだが、作品の質と金儲けを両立させるのは容易なことではない。

 一方で、世の中には優れた作品を生み出しているアマチュアもいる。もともとアマチュアという言葉は、スポーツを営利目的ではなく純粋に趣味として楽しむことに由来する。ただし、ここでいう趣味とはスポーツを観戦することではない。あくまでも自らスポーツをやってそれを楽しむという意味だ。単にプロの生み出したものを楽しむだけでなく、自ら活動したり作品を生み出すところにこそアマチュアリズムの意義があるのだ。

 現在は商業主義が強まり、プロが生み出したものを大衆が消費する社会構造が定着している。プロと消費者ははっきり分かれてしまい、プロがやっていることを自分が趣味でやることなどとても無理だと諦めてしまっている。例えば、小説はプロの小説家が書くものだという意識が強く、プロを目指す小説家志望は大勢いても、アマチュアとして趣味で小説を書こうとする人は少ない。だが、本当に小説はプロだけのものなのだろうか。

 小説は通常、出版社を通して出版されるため、ビジネスとして成り立つためには一定の売り上げが必要だ。そのために出版社の論理で小説を選ぶことになり、才能があっても埋もれたままになってしまう作家も出てくる。

 一方、最近はネットが普及しコストをかけずに簡単に電子出版が可能になっている。アマチュアでも優れた小説を書けば口コミで評判が広まり、多くの読者に読まれる可能性がある。純粋に小説を書きたいのならば、アマチュア小説家という道も十分あり得るのだ。

 豊かになったわりに現代人がなかなか人生に充実感を持てないのは、市場経済の発達により市場に提供されたものを享受するだけで、自ら積極的に何かをやる機会がなくなっているからではないだろうか。アマチュアリズムの扉は誰にでも開かれている。もし生涯本気で取り組める趣味を見いだすことができれば、人生はずっと豊かになるに違いない。

楽しんでみよう

 毎年、新年を迎えると、何とはなしに「今年の課題は何にしようかな」と考えている。そんなことを考えてもすぐに忘れてしまうと思われるかもしれないが、その年の年末にその成果を実感していることも珍しくない。そうした目標は立てなければそれまでだが、立てれば案外効果があるものだ。

 今年は、「嫌なことも積極的に楽しんでみよう」と心がけることにしてみた。仕事でもプライベートでも面倒なことがあればイライラする。理不尽なことがあれば怒りを覚える。将来のことをあれこれ考えればさまざまな不安に襲われる。時間に追われて焦っていることも多い。病気になれば苦しいだけでなく、計画がぶち壊しになることもある。

 だが、物事をネガティブに考えてもろくなことはない。しかも、冷静に見てみると何もそれほど不愉快にならなくて良さそうな場合が多いのだ。もちろん不愉快なことは不愉快だ。問題はそれを引きずるかどうかだ。その際、単に切り替えると行っても難しいので、いっそ開き直って「楽しんでみよう」と心がけてはどうかと考えたのである。

 思えば昔に比べて最近は不愉快なことが増えたような気がする。それを自分の置かれた環境のの変化に帰すこともできるだろう。だが、そうした外的要因ではなく、自分の精神的なフレキシビリティーが低下しているからではないのか。老化現象?アンチエイジングでは肉体の若さばかりに目がいくが、実は精神の若さこそ大切なのだ。

 オリンピックが近づくと、「演技を楽しみたい」という選手の言葉をよく耳にするようになる。そもそもその競技を始めそれまで続けてこられたのは楽しかったからに違いない。練習で上達するのも楽しいことだ。それがいつの間にか成績や勝敗にこだわりすぎるようになり、本来の動機を忘れてしまい勝ちだ。オリンピック本番という修羅場で「楽しむ」というのは、僕のようにすぐに緊張してコチコチになる人間からは信じ難いが、護りに入り勝ちな精神状態を攻めに転じさせるためには、「楽しむ」という心構えが武器になるのだろう。

 もっとも僕の場合、そんな高度な精神コントロールをしようとしているわけではない。また、本当に大きな悲しみや困難に直面した場合なども想定していない。あくまでも気持ちの持ちようで気分が変わるような場合を前提としている。

 例えば、何か理不尽なことに直面した場合、「許せない」と心の中で繰り返せば繰り返すほど怒りは大きくなっていく。自分で怒りを増幅させているのである。正義感が強い人ほどその傾向は強いかもしれない。こうした場合、理屈で自分を納得させようとしても無理だ。むしろ感情的にできるだけ踏み込まず、意図的に忘れる努力が必要となる。

 だが、単に忘れると言ってもなかなかできるものではない。では、それをむしろ積極的に楽しんでしまってはどうか。何をどれだけ楽しもうが本人の勝手だ。理由などなくても良い。意外にも何でも楽しもうと思えば結構楽しめるものだ。

 はたして今年はどれだけ楽しめるだろうか。

工業化と国家の盛衰

 かつてトルコを旅行していた時、あれほどの隆盛を誇ったオスマン帝国はなぜ衰退してしまったのだろうかという疑問が頭を離れなかった。

 オスマン帝国の強みは騎馬民族ならではの機動力だった。情報伝達と流通のスピードがアラブからヨーロッパに至る広大な領土の支配を可能にしたのだ。彼らにとって1000年間の永きにわたり停滞する当時の中世ヨーロッパは如何にも時代遅れと映っただろう。

 オスマン帝国によるコンスタンチノープル征服は、眠っていたヨーロッパを刺激し、その後のルネサンスや大航海時代、ひいては産業革命へとつながる発展の引き金となる。そして、皮肉にも産業革命がヨーロッパにもたらした工業化の波は、オスマン帝国の強みであった騎馬による機動力を次第に無力化し時代遅れにして行くのである。オスマン帝国の衰退にはさまざまな要因があろうが、工業化の立ち遅れが主因であることは間違いない。

 その後、今日に至る2世紀余りの欧米主導の世界はこの工業力によって支えられてきた。工業力の発達は経済、軍事双方を発展させ、工業力の差は国力の差を急拡大させた。その結果、いち早く工業化を達成した欧州列強の帝国主義により世界は分割されていくのである。

 工業化はまず18世紀の動力革命から始まった。それまでの人類にとって動力といえば人力と牛馬の力が主だったが、蒸気機関の発明で桁違いの馬力が得られるようになった。

 20世紀になると電気の時代が来る。電線を引っ張って来るだけでどこでもエネルギーが得られるようになり、工業化の利便性を飛躍的に高め、生活のすみずみまで工業化の恩恵を直接受けることができるようになる。

 オスマン帝国も自国においてそうした工業化を必死に推し進めようとした。だが、国内のさまざまな要因が速やかな工業化を妨げた。スルタンを頂点とするイスラム帝国の社会構造は工業化に馴染まず、また工業化により自らの利権を失う勢力の抵抗も大きかった。

 一方、いち早く工業化が進んだイギリスでは、技術革新を起こし工業化を進めていく人材に恵まれ、またそうした人たちが活躍できる社会構造があった。その後、ヨーロッパ各国が追随するが、20世紀になるとアメリカが台頭し世界最大の工業国に躍り出る。

 20世紀後半になると工業化は新たな段階に入る。エレクトロニクスの時代の到来だ。ラジオやテレビにトランジスターが応用され、コンピューターが急速な進歩を遂げる。さらにIT技術が発達し、20世紀末にはインターネットが登場する。そして今日、AIとI o Tがキーワードとなり、工業化はさらに新たな段階を迎えようとしている。

 現在でもアメリカはさまざまなイノベーションを起こし工業化の最先端を走っている。それを独自の戦略で急速に追い上げているのが中国だ。工業化の進歩には、その国の社会構造や教育レベル、市場の有無、さらにはそれらを主導する国の指導力が関わって来る。一方、IT化などでもたらされた社会環境がその国の欠点を補い、それが工業化を急加速する場合もある。現在の中国ではそうした条件が非常に効率的に機能しているように見える。

上海の友人

 この8月に上海に行った際、上海人の友人と2人で夕食を取った。上海に行けば彼には必ず会うのだが、いつも大勢で会うので、たまには2人でじっくり話したかったのだ。

 その友人とは英語で話せるので自然に親しくなったのだが、2人は年齢もほぼ同じで同じ歳の娘もいる。さらに2人ともカメラや時計に目がなく、僕が新たな時計を見せれば、彼は矯めつ眇めつ眺めた末、次に会う時には、その後手に入れた自分の自慢の時計をおもむろに披露するといった具合なのだ。その彼がもうすぐ定年を迎えるらしい。中国人の彼に取ってこれまでの人生はどんなものだったのか、この節目に是非聞いておきたかったのだ。

 われわれは衡山路(上海ではハンサンルーと発音)に面した衡山坊というレストラン街で待ち合わせた。衡山路は旧フランス租界の中心部で、かつての異国情緒溢れた上海の面影を残す静かで落ち着いた通りだ。上海では、以前の洋館や倉庫などを移設して改装し、おしゃれな街に仕立て上げたエリアが随所にある。衡山坊もそうした一角のひとつだ。

 日中の再雇用制度や年金の違い、彼の娘の転職の話などで盛り上がり、クラフトビールの酔いも大分回って来たころ、彼は急に僕の顔を覗き込み意味ありげに尋ねた、「今、中国人が最も望んでいることは何だかわかるか」と。突然の問いかけに意図を図りかねていると、「それは、今のままの状態がずっと続くことだ」と答えた。予想外の答えに一瞬戸惑ったが、すぐに飲み込めた。中国はこの30年で急速に発展した。かつて貧しかった頃には、こんな豊かな時代が来ようとは想像すらできなかったのだ。

 中国では清朝末期以降、最近まで国民が安定して豊かさを謳歌できた期間はほとんどない。時代の荒波が次々と襲いかかり、その都度、国民は右往左往し生命すら危ぶまれてきた。その間、彼らは後進国のレッテルを貼られ、貧しい生活レベルに甘んじてきたのだ。何とかそこから這い上がりたい。それは全ての中国人の永年の悲願だったのである。

 今やその願いは叶った。だが、これまでさまざまな辛酸を舐めてきた人々は決して楽観していない。「中国の発展は決して中国人の力だけで成し遂げられたものではない」と彼は言う。海外の投資がなければとても無理だったのである。まだ、自力で発展を支えていく力はないのではないか。いつ何時、この勢いに陰りが出ないとも限らない。

 「確かに今の政府に対しては不満はある」と彼は続ける。中国の政治体制に対する海外からの批判はよく承知している。中国では国が決めたことには有無を言わさず従わされる。他の先進国のように自由に政府批判をすることも許されない。だが、今の政府が海外の投資を呼び込み、これだけの繁栄を国民にもたらしてくれたことも事実なのだ。不満はあるが、政府にはとにかく今の豊かさを維持してほしい。それが彼らの本音なのだ。

 とはいえ、中国の勢いは当面衰える気配はない。今や世界中からあらゆる分野の最先端が集まり、むしろこれからが本当の中国の時代なのではないのか。だが、とどまることを知らない発展の陰に潜む危うさを国民は敏感に感じ取っているのかもしれない。

今に未来のためだけに使うな

 恩田陸の「夜のピクニック」の中で、高校生である主人公の融に対して親友の忍が、「今を未来のためだけに使うべきじゃない」と助言するシーンがある。母子家庭の融は、大学受験が終わるまでは恋を含めて青春をエンジョイすることをストイックに避けてきた。これまでそうした融を身近に見てきた忍は、夜を徹して80km歩く高校生活最後のイベント「歩行祭」の折に親友に対して永年の思いを伝えたのである。

 それを読んだ時、ふと、自分も随分未来のために今を使ってきたものだという思いが頭をよぎった。思い起こせばすでに小学校の頃から将来の受験が頭の上から重くのしかかり、それが終わるまでは我慢だという思いが常にあったのを覚えている。だが、受験が終わっても重しが消えるわけではなかった。備えるべき未来はその後も次々と現れたのだ。

 もちろん将来に備えることは大切だ。だが、将来のことばかり考えていると、その将来が来てもさらにその先を考えなければならなくなる。その結果、いつまで経っても今に目が向かない。ある時期にそれはおかしいと気がつき、今をもっと大切に生きようと思ったことがある。だが、それが少しできるようになってきたのはごく最近のような気がする。

 ところで、最近はマラソンやサイクリングが大ブームだ。これは上達することに充実感があるからだろう。特に上達がタイムという形でわかるのは大きい。人には向上心があり、たとえ今は苦しくてもそれによってタイムが上がるなら頑張れるのだ。

 だが、一方で上達中毒とも言える状態になっている人も少なくない。本来、健康のために走り始めた人が、いつのまにかタイムに執着し、逆に身体を壊す場合も珍しくない。将来の好タイムのために今の苦しさを我慢するうちに、いつのまにか「未来のために今を使っている」状態に陥っていないだろうか。

 ところで、冒頭の助言を読んだ際、一方で最近は今を未来のために使おうという意識が薄れてきていることに思い当たった。むしろこれまで蓄積してきたものを全て投入し、今やれるだけのことをやろうとしている自分に気がついたのだ。歳を取ったせいだろうか。今日できることが明日もできるとは限らない。もはや未来のために今を使っている場合ではないと感じ始めているのかもしれない。

 以前、ピアノで手首の使い方がわかってきたという話を書いたことがある。もちろんそれにより上達したのは事実だが、むしろ理にかなった気持ちのいい弾き方がわかったことの方が重要なのだ。おかげで練習によって音楽の魅力に直に手で触れることができるようになり、上達はその後で自然について来るようになったのだ。

 先のことばかりを考えず、今この瞬間をどうやって生きるかに目を向けると、これまで見えなかった世界が見えて来る。必死で未来を追っている時には想像もできなかった世界がそこには広がっている。先を見ていた視線を足元に落としてみるだけで、案外人生は大きく変わるのかもしれないのだ。

覚悟

 先日帰省した際、「死ぬのはやっぱり怖いなあ」と母がため息交じりに何度か繰り返した。

 これまでやりたいことはやって来た。人生には満足している。だが、このところ体も衰え、この先、生きていてもあまり良いことはなさそうだ。毎日、他人の世話になるのも辛い。もう思い残すことはない。そう自分に言い聞かせ死を受け入れようと思った瞬間、想像以上の恐怖に襲われたのだ。

 死への恐怖は、死ぬ間際の苦しさに対する恐怖と、死後、自分が消滅することへの漠然としたした恐怖の2つに分けられる。前者に対しては医学の進歩により緩和されるかもしれない。しかし、自分の存在がなくなるという恐怖に対してはそう簡単にはいかない。

 しばらく前にサーチュイン遺伝子というのが話題になった。その遺伝子のスイッチを入れると人類の寿命は一気に120歳くらいまで伸びるという。現在、世界中で多くの人がその実現を待ちわびているようだが、死をいくら先延ばしても死への恐怖はなくならない。

 ところで、こうした死への恐怖は人間独特のもので、犬や猫が将来の死を思い悩んで苦しむという話は聞いたことがない。なぜ、彼らには死への恐怖がないのだろうか。いや、逆になぜわれわれは死が怖いのだろうか。ひょっとしたら、本来怖くもないはずのものを恐れているだけなのかもしれない。

 死刑囚が苦しむのは、いつ告げられるかわからない刑の執行が彼らに常に死を意識させるからだ。一方、人を助るために自らの命を投げ打つ人がいる。彼らは決して死に対する恐怖が小さいわけではないが、助けなければという強い決意が死を恐れる暇を与えないのだ。死への恐怖は死を意識した際に想像によって生まれるものであり、人間だけが死を恐れるのは、そうした想像力は人間にしかないからだろう。

 かのモーツァルトは毎夜眠れないほど死の恐怖に取り憑かれていたという。彼が偉大な作品を生み出すことができたのは、作曲だけが死の恐怖を忘れさせてくれたためかもしれない。ただ、その彼も宗教音楽では多くが未完に終わっている。だが、それらは恐ろしいまでの緊張感に満ちているのだ。彼は音楽の中でその才能の全てを傾け死と対峙したが、ついにそれを克服することはなかったということだろうか。

 とはいえ、宗教音楽も含めモーツァルトの音楽が信じられないほどの精神的な高みに達することができたのは、彼が死を強く意識していたからに違いない。そもそも死は克服しなければならないものではない。死とどう向き合うかということが彼以外にも多くの天才の想像力を刺激し、人類に多くの芸術的遺産を残してきたのである。

 凡人にとっても死は限りある人生を充実させるための貴重な道標だ。ただし、そこから逃れようとすれば恐怖に取り憑かれてしまう。結局のところ、いつかはやって来る死に対して毅然とした覚悟を持って生きて行くしかないのではないか。

現実逃避

 かつて学生だった頃は、今に比べて日本人も謙虚で、「欧米人に比べると日本人は堂々と意見を述べることができず、相手を説得することが苦手だ」というような言葉をしばしば耳にした。ところが最近では逆に日本人の良いところを誇示するような報道が目立つようになった。そうした日本礼賛において必ず引き合いに出されるのが中国である。

 この15年ほど仕事で中国に関わってきたが、だからと言ってことさら中国の肩を持つつもりはない。当局の一方的な主張には、時にはムッとくることもある。しかし、それにしても日本のマスコミのあまりにも偏った無責任な報道には違和感を覚えるだけでなく腹が立つ。なぜなら、そうした報道によって損をするのは結局我々日本人だからだ。

 20年ほど前には中国に脅威を感じる日本人などほとんどいなかった。当時、日本の経済力は中国の5倍もあり、それを背景に政府も自信を持って中国に対応して。しかし、その後の中国の急拡大と日本経済の長期にわたる停滞により、今では中国のGDPは日本の3倍ほどになった。立場がすっかり逆転してしまったのである。

 政府としてはこうした自国の体たらくを国民にさらけ出したくはない。国民としても、かつて上から目線で見ていた中国に対して現実を受け入れるのには抵抗がある。そんな空気を読んでマスコミは反中意識を煽り、国民の自尊心をくすぐるような報道に力を入れるようになったのではないか。だが、自ら反省することなく他人のアラばかり探すのは現実逃避に他ならない。そのツケは必ず自分たちに返ってくることになる。

 中国は国土も広く政治体制も日本とは異なる。そこには日本人が想像できないような多様な価値観が存在する。それを「尖閣」「爆買い」「シャドーバンク」などのわずかな、しかも負の側面からばかり見たキーワードで理解することは到底不可能だ。

 日本のテレビなどで中国の不動産バブルや理財商品で大損をした人たちが紹介されると、中国人は強欲で愚かな人々であるかのような印象を受けるだろう。確かに中国人はお金に対して日本人より関心が高い。常にお金を増やすことを考えている。しかし、だからと言って彼らはいわゆる金の亡者ではない。お金に対する執着心はむしろ日本人のほうが高いのではないか。ある意味、彼らはお金を冷めた目で見ている。だが、マスコミは決してそうした価値観の違いを伝えようとはしない。

 一方で、中国の若者の多くは漫画やアニメを通して日本の文化を吸収し、日本人の微妙な心の機微にも通じている。日本文化に憧れ日本のことが大好きな人も少なくない。「だから日本は優れているのだ」と自己満足に浸る日本人も多いが、相手を知るという点では日本は中国に完全に遅れをとっていることを認識すべきだろう。

 日本に好感を持ち日本語も解する中国人が、日本のマスコミの報道を見てはたしてどう思うだろうか。相手の良いところを語れなければ、相手を批判する権利はない。もう少し大人になって現実を見据えてみてはどうだろうか。

レディオヘッド

 8月21日、幕張で行われたサマーソニック2016に行ってきた。最大のお目当ては、スタジアム会場でトリを務めるUKが誇るオルタナティブロックの雄、レディオヘッドだ。

 高校の頃に出会ったビートルズ以来、さまざまなロックを聴いてきたが、90年代以降はあまり聴かなくなっていた。だが、10年ほど前に組まれたロック誕生50年の特集番組で90年代はオルタナティブロックと呼ばれる分野が台頭した時期だと知った。オルタナティブロックというのは、80年代ロック界を席巻していたヘビーメタルに対抗する形で出てきた音楽で、商業主義に背を向け内面的な精神性を追求しているのが特徴だった。

 早速、有名どころのバンドを幾つか聴いてみたが、自らの世界への共感を求めるようなメロディーが鼻につきなかなか受け入れられなかった。だが、そんな中でレディオヘッドは他のバンドとは一線を画していた。彼らの音楽はセンチメンタリズムを廃し、聴衆に媚びるところが一切なかった。当初は、あまりにも抽象的で乾いた音楽に戸惑わされが、そのクオリティーは間違いなく一級だった。繰り返し聴くうちに次第にその音楽世界に引き込まれ、気がつけばこれこそが自分が求めていた音楽だと感じるほどになったのである。

 バンドの中心は作詞作曲を一手に担うボーカルのトム・ヨークだ。彼の傑出した詩心とブレない精神がレディオヘッドを永く音楽シーンの最前線に立たせてきたことは間違いない。だが、他の4人のメンバーの卓越した技術と創造性がなければ彼らの音楽はありえなかった。メンバー全員の才能が結集して初めてレディオヘッドという意思を持った有機体となっているのだ。その結果、かつてのプログレッシブロックを薄っぺらく感じさせるほど密度が高く奥行きの深い音楽を生み出すことができるのである。

 とはいえ、彼らの音楽はノリのいいリズムやメロディーで観客を盛り上げるタイプの音楽ではない。ロマンティックなラブソングもない。一人で向き合って聴くにはいいが、果たしてライブ会場の聴衆は盛り上がるのだろうか。一体どのようなパフォーマンスを見せてくれるのか想像がつかなかった。

 幕が開くと、まず5月に発売されたばかりの新アルバムから立て続けに5曲が演奏された。いきなり彼らの「今」をぶつけられ多くのファンは少し戸惑い気味だ。それを見透かすように名曲AIR BAGが始まる。聴衆は一気にヒートアップし、腹の底から揺さぶられるような迫力に会場全体が揺さぶられる。たが、それは決して名曲が誘う郷愁によるものではない。過去を足場にして、レディオヘッドがすでに新たな堅牢な世界を構築していることを聴衆が理解した結果なのだ。計算された展開に思わず唸らされる。

 緊張感の中に繊細なメロディーを奏で、次の瞬間には容赦のない大音響が怒涛のように押し寄せる。彼らは自らの音楽を正面から示し、溢れんばかりの創造力で観客を圧倒する。それはとてもCDで伝えられるものではない。彼らの音楽はこれほど豊かなものだったのだ。これこそ彼らのライブであり、これこそがレディオヘッドの音楽なのである。

老いを生きる

 かつて世界的名指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤン氏はその高い音楽性と颯爽とした指揮振りで世界中を魅了した。同時に70歳を過ぎても自家用ジェット機を自ら操縦し、スカイダイビングやスキーにおいてもプロ顔負けの腕前を誇っていた。

 しかし、その彼も指揮者の職業病とも言える脊椎の病気に悩まされ、死の10年ほど前には脳梗塞にも見舞われた。晩年は歩行も困難になり、指揮台の上でも特製の椅子にもたれかからなければならなくなった。端正なギリシャ系の顔立ちもすっかり生気を失い、拍手に応えるために力を振り絞り体を震わせながら観客の方を振り向く姿がなんとも痛ましかった。

 スピードと優美さでその「カラヤン美学」を追求してきた完全主義者のマエストロが、自らの老いをどのように受け止めていたのだろうか。今となっては知る由もないが、老いをさらけ出しても指揮台に立ち続けたのには彼なりの哲学と覚悟があったに違いない。

 彼ほどの人間でもいつかは衰えるのだと、当時、かなりショックを受けたのを覚えている。だが、最近、自分の老いに対する考え方は少しずつ変わり始めている。それは母の衰えと無関係ではない。

 僕は昔から母が歳をとるのが辛かった。それは自分が歳を取ることより受け入れがたかった。夜、ふと目が覚め、いつかは母も衰えるのだろうかと思うと眠れなくなった。だが、いざ母に介護が必要な状況になると、逆に不安は消えた。とにかく目の前で次々と発生する問題に対処しなければならないのだ。

 母は現在83歳だが、しばらく前まで店頭に立って仕事を続けていた。2年前に引退を決めた際もその後の人生に思いを馳せていた。しかし、その期待はあっさり裏切られた。うっかり転んで手首を骨折すると嵩にかかったように老いの波が押し寄せてきたのである。

 以前は簡単にできたことができなくなり、次第に他人の助けが必要となった。本人も何とか衰えを防ごうと必死で、デイサービスでは積極的に筋肉トレーニングに励み、新たに囲碁にも挑戦した。だが、不調な時間が次第に長くなっていく。当初は仕事を急に辞めたせいで鬱状態になったかとも思ったが、どうもそれだけではなさそうだ。こんなはずではないという思いが余計に本人を苦しめる。

 母はこれまで人生や死についてどのように考えてきたのだろうか。思えば母とそんな突っ込んだ話をしたことはない。だが、老人だからと言って個性を無視したような扱いをされるのは耐えられない。本人の意志はできる限り大切にしてやりたい。

 老いは自然の摂理だ。他人の世話になるのも恥じることはない。そして、誰にでも死に至るまでの生を精一杯生きる権利はある。それは、もはや誰のためでもない。自分だけのために残された最後の貴重な時間なのだ。老いてこそ見えて来ることもあるに違いない。

 かつてカラヤン氏も自らの老いと一人向き合い、誰にも邪魔されることなく自らの最後の時を生きたのではないだろうか。