K331の衝撃

 1年ほど前、家内の実家に友人が集まり、公開練習会と銘打ってピアノやチェロの練習成果を披露する内輪の会を始めた。練習会だから、間違え、弾き直しは御免である。昨年の会が終わった時点で、今年はモーツァルトのK331の第一楽章を弾こうと決めていた。

 30年ほど前にワルター・クリーンの演奏でこのK331を聴いたと、以前、書いたことがある。演奏が始まる直前、このトルコ行進曲付きの有名なソナタを最初の演目に持ってきたのを、何か安直な選択のように感じていたのを覚えている。ところが静かにテーマが始まると、その思いはたちまち消し飛んだ。

 クリーンの繊細なタッチから生まれる音はガラスのように澄んでいた。そのあまりの美しさに思わず身震いしたが、それを味わっている暇はなかった。すぐに快感とも苦痛ともつかない衝撃が次から次へと襲ってきたのだ。まるで何か必死に痛みに耐えつつも、ついに耐えかねて叫び声をあげるように、僕の感性は波状攻撃を受けて次第に限界に近づいた。呼吸はままならず、失禁しそうになるのを必死にこらえなければならなかった。

 実際にはそれは苦痛ではなく、恐らくは強い幸福感だったに違いない。体の中から次から次へと湧きあがるのも喜びだったのだろう。ただ、それは親しみやすいK331の曲想からはとても想像できない激烈なものだったのだ。

 その日の演目はオールモーツァルトだったが、そのあと演奏された他の曲ではそのようなことは起きなかった。また、後日、この曲を他のピアニストで何度か聴いたが、そんな経験をしたことはない。たまたまクリーンの傑出した技術が、K331を通じてモーツァルトの秘密の扉を開けたのだろうか。

 公開練習会に向けて、僕は1年かけてこの曲を練習してきた。譜づらは簡単そうに見える。だが、個々の音は常に他の音との相関の中にありモーツァルトの多義的な要求に応えるのは容易ではない。一見滑らかで平易なメロディーも、実は不協和音が大胆に使われ、破綻と調和が繰り返している。いたるところにインスピレーションが溢れ、遊び心にも満ちているが、同時に凛とした格調に貫かれ、弾くものは天才の確信を思い知らされるのだ。

 練習の参考にネットでいろいろな演奏を聞いてみた。その中でバレンボイムの演奏に何か胸騒ぎのようなものを覚えた。その弾き方はクリーンとは異なり、やや無骨とも言えるものだが、そこにはかつての衝撃を彷彿とさせるものがあった。

 モーツァルトの音楽には、「純粋」「無垢」といった枕詞がつきものだ。だが、それはしばしば誤解されている。無垢さは汚れを知る前の未熟さではない。あらゆる苦悩を受け入れ許すことができる自由で強靭な心だ。

 バレンボイムの演奏から僕はその無垢な心の一端を感じたのだろう。それに気づくと、クリーンの演奏から受けた衝撃の謎が解けたような気がした。それは、K331という傑作を通じて音楽の神様の無垢な心に僕の心が直接触れ共鳴した瞬間だったのである。

レディオヘッド

 8月21日、幕張で行われたサマーソニック2016に行ってきた。最大のお目当ては、スタジアム会場でトリを務めるUKが誇るオルタナティブロックの雄、レディオヘッドだ。

 高校の頃に出会ったビートルズ以来、さまざまなロックを聴いてきたが、90年代以降はあまり聴かなくなっていた。だが、10年ほど前に組まれたロック誕生50年の特集番組で90年代はオルタナティブロックと呼ばれる分野が台頭した時期だと知った。オルタナティブロックというのは、80年代ロック界を席巻していたヘビーメタルに対抗する形で出てきた音楽で、商業主義に背を向け内面的な精神性を追求しているのが特徴だった。

 早速、有名どころのバンドを幾つか聴いてみたが、自らの世界への共感を求めるようなメロディーが鼻につきなかなか受け入れられなかった。だが、そんな中でレディオヘッドは他のバンドとは一線を画していた。彼らの音楽はセンチメンタリズムを廃し、聴衆に媚びるところが一切なかった。当初は、あまりにも抽象的で乾いた音楽に戸惑わされが、そのクオリティーは間違いなく一級だった。繰り返し聴くうちに次第にその音楽世界に引き込まれ、気がつけばこれこそが自分が求めていた音楽だと感じるほどになったのである。

 バンドの中心は作詞作曲を一手に担うボーカルのトム・ヨークだ。彼の傑出した詩心とブレない精神がレディオヘッドを永く音楽シーンの最前線に立たせてきたことは間違いない。だが、他の4人のメンバーの卓越した技術と創造性がなければ彼らの音楽はありえなかった。メンバー全員の才能が結集して初めてレディオヘッドという意思を持った有機体となっているのだ。その結果、かつてのプログレッシブロックを薄っぺらく感じさせるほど密度が高く奥行きの深い音楽を生み出すことができるのである。

 とはいえ、彼らの音楽はノリのいいリズムやメロディーで観客を盛り上げるタイプの音楽ではない。ロマンティックなラブソングもない。一人で向き合って聴くにはいいが、果たしてライブ会場の聴衆は盛り上がるのだろうか。一体どのようなパフォーマンスを見せてくれるのか想像がつかなかった。

 幕が開くと、まず5月に発売されたばかりの新アルバムから立て続けに5曲が演奏された。いきなり彼らの「今」をぶつけられ多くのファンは少し戸惑い気味だ。それを見透かすように名曲AIR BAGが始まる。聴衆は一気にヒートアップし、腹の底から揺さぶられるような迫力に会場全体が揺さぶられる。たが、それは決して名曲が誘う郷愁によるものではない。過去を足場にして、レディオヘッドがすでに新たな堅牢な世界を構築していることを聴衆が理解した結果なのだ。計算された展開に思わず唸らされる。

 緊張感の中に繊細なメロディーを奏で、次の瞬間には容赦のない大音響が怒涛のように押し寄せる。彼らは自らの音楽を正面から示し、溢れんばかりの創造力で観客を圧倒する。それはとてもCDで伝えられるものではない。彼らの音楽はこれほど豊かなものだったのだ。これこそ彼らのライブであり、これこそがレディオヘッドの音楽なのである。

老いを生きる

 かつて世界的名指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤン氏はその高い音楽性と颯爽とした指揮振りで世界中を魅了した。同時に70歳を過ぎても自家用ジェット機を自ら操縦し、スカイダイビングやスキーにおいてもプロ顔負けの腕前を誇っていた。

 しかし、その彼も指揮者の職業病とも言える脊椎の病気に悩まされ、死の10年ほど前には脳梗塞にも見舞われた。晩年は歩行も困難になり、指揮台の上でも特製の椅子にもたれかからなければならなくなった。端正なギリシャ系の顔立ちもすっかり生気を失い、拍手に応えるために力を振り絞り体を震わせながら観客の方を振り向く姿がなんとも痛ましかった。

 スピードと優美さでその「カラヤン美学」を追求してきた完全主義者のマエストロが、自らの老いをどのように受け止めていたのだろうか。今となっては知る由もないが、老いをさらけ出しても指揮台に立ち続けたのには彼なりの哲学と覚悟があったに違いない。

 彼ほどの人間でもいつかは衰えるのだと、当時、かなりショックを受けたのを覚えている。だが、最近、自分の老いに対する考え方は少しずつ変わり始めている。それは母の衰えと無関係ではない。

 僕は昔から母が歳をとるのが辛かった。それは自分が歳を取ることより受け入れがたかった。夜、ふと目が覚め、いつかは母も衰えるのだろうかと思うと眠れなくなった。だが、いざ母に介護が必要な状況になると、逆に不安は消えた。とにかく目の前で次々と発生する問題に対処しなければならないのだ。

 母は現在83歳だが、しばらく前まで店頭に立って仕事を続けていた。2年前に引退を決めた際もその後の人生に思いを馳せていた。しかし、その期待はあっさり裏切られた。うっかり転んで手首を骨折すると嵩にかかったように老いの波が押し寄せてきたのである。

 以前は簡単にできたことができなくなり、次第に他人の助けが必要となった。本人も何とか衰えを防ごうと必死で、デイサービスでは積極的に筋肉トレーニングに励み、新たに囲碁にも挑戦した。だが、不調な時間が次第に長くなっていく。当初は仕事を急に辞めたせいで鬱状態になったかとも思ったが、どうもそれだけではなさそうだ。こんなはずではないという思いが余計に本人を苦しめる。

 母はこれまで人生や死についてどのように考えてきたのだろうか。思えば母とそんな突っ込んだ話をしたことはない。だが、老人だからと言って個性を無視したような扱いをされるのは耐えられない。本人の意志はできる限り大切にしてやりたい。

 老いは自然の摂理だ。他人の世話になるのも恥じることはない。そして、誰にでも死に至るまでの生を精一杯生きる権利はある。それは、もはや誰のためでもない。自分だけのために残された最後の貴重な時間なのだ。老いてこそ見えて来ることもあるに違いない。

 かつてカラヤン氏も自らの老いと一人向き合い、誰にも邪魔されることなく自らの最後の時を生きたのではないだろうか。

理にかなったやり方

 しばらく前に自分のピアノの弾き方において大きな進歩があったと書いたが、その後もピアノの練習は充実している。最近は以前やったモーツァルトのソナタを引っ張り出してきて再挑戦している。もちろん、急にすらすら弾けるようになるというわけではないが、かつて力が入って凝り固まっていた演奏が徐々に矯正されていくのを感じる。今ではピアノに向かうことは、まるで心身をリラックスさせるためにヨガを始めるときの気分に近い。

 もっとも今でも困難な箇所に来ると、無意識のうちに何とか指をコントロールしようとし勝ちだ。そこをぐっと思い留まり、手首だけでなく腕から肩、そして全身の使い方を工夫することで次第にほぐれるように弾けるようになっていく。僕のピアノの練習は、力で克服しようとするかつてのやりかたから、正しい弾き方を我慢強く見つけ出す作業に180度転換したのである。

 正しい弾き方を探る試行錯誤は、同時に曲のその部分にふさわしい表現を探す作業でもある。無理な力が入っていた頃は、譜面をさらうのが精一杯で表現は二の次だった。先生に指示されても、なぜそう表現するのかピント来なかった。だが、力が抜け音の表情が豊かになると、不思議なことにそこをどう弾けば良いのかが自然にわかってくるのである。

 さらに、表現が豊かになると作曲者が意図していたものが見えてくる。モーツァルトのさりげない表現がいかに繊細で豊かな感情を含んでいたのか肌で感じ取れるようになるのだ。ピアノを弾くことは作曲者との対話であり、作曲者が答えてくれることに耳を澄ませる作業でもあるのだ。

 それにしても、今回の体験で感じる充実感は何だろう。確かに以前にくらべて上達は速くなった。何かがみるみる身に付いていくときの充実感は格別だ。音楽に対する理解も深まっている。しかし、ピアノはあくまでも趣味ではないか。これによって生活が楽になるわけでもないし名声が得られるわけでもない。単なる自己満足だ。だが、何か人生が変わったという実感があるのだ。

 人は努力してもそうそう進歩するものではない。それを何とかしようと頑張るのだが、逆に体や心に無理が掛かり、下手をすれば心身を損なうことになる。しかも、誰もが次第に歳を取る。力は確実に衰えていくのだ。恐らく僕は力に頼ったやり方に大分前から限界を感じていたに違いない。

 しかし、今回、力の抜くことで新たな道が開けた。しかも、力の入らないやり方を自分で見出すことが出来たのだ。

 ピアノ以外でも無理なやり方をして困難を感じていることは僕の身の回りにはいくらでもありそうだ。それらに対しても理にかなったやり方を見出せば、余計な力が抜け壁を越えることが出来るのではなかろうか。努力の積み重ねが少しずつではあるが確実に自分を向上させてくれるやり方、それこそが理にかなったやり方なのだ。

ベートーヴェンの「英雄」

 ベートーヴェンが33歳の時発表した交響曲第3番「英雄」は、それまでの常識を打ち破った音楽史上に輝く画期的な作品だ。

 その数年前から、彼は耳の病気に悩まされていた。誰よりも鋭敏な耳を誇り、誰よりもそれを必要とした音楽家にとって、それが与えた絶望と恐怖は想像に難くない。事実、彼は31歳の時、自分の弟宛に「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いている。

 「英雄」の誕生は、その人生最大の危機を強靭な精神力で克服したベートヴェンの生き方の象徴のように言われている。僕もかつてはそう思っていた。だが、当時の彼の作品を改めて眺めてみると、どうもそれは後に作られたもっともらしい逸話のようだ。

 当代一のピアニストでもあったベートーヴェンは、ピアノ曲の分野では既に「悲壮」や「月光」などの名作を世に送り出していた。ピアノは彼の身体の一部であり、そこで涌き上がる楽想を曲にすることは比較的容易だったに違いない。だが、ピアノの表現力には限界があった。彼の強烈な主観はあくまでも主観の域に留まり、それ以上の発展は難しかった。

 彼がその真価を発揮したのは交響曲だった。言うまでもなく交響曲においては既にモーツァルトの傑作があった。その完璧な形式美はベートーヴェンの前に立ちはだかる巨大な壁だったに違いない。彼はそこにまだ実現されていないもの、自分にしか成し遂げられないものを見つけ出す必要があった。

 交響曲では異なる性格を持つさまざまな楽器を駆使でき、ピアノ曲に比べてはるかに複雑な構造を構築することが可能だった。ベートーヴェンは「英雄」に先立つ2つの交響曲において既に従来の古典的な様式を徹底的に研究し、それを自分のものにしていた。その堅牢な構造に加え、ピアノの前で繰り広げた涌き上がるような情熱を余すところなく取り込むことが、彼が新たな交響曲において成し遂げようとした最大の課題であった。前述の遺書が書かれた時期にも、彼は独自の音楽を確立すべく準備を着々と進めていたのである。

 モーツァルトが生み出す多様な感性や感情は音楽的必然性によって導かれたのであって、そこに本人の主観の跡は見られない。一方、ベートーヴェンの音楽には彼の熱い情熱が溢れている。だが、それは単に情熱がそのまま表現されたものではない。情熱が生み出す楽想は音楽的形式とぶつかりそれを揺るがす。それを新たな調和を見出し解決することによって初めて情熱は個人的なものから普遍的なものに昇華されるのだ。それこそまさにベートーヴェンの並外れた創造力が成し遂げたものだった。

 「英雄」におけるそうした試みは、唯一ソナタ形式で書かれた第一楽章に最も顕著に表れている。「英雄」では、終楽章の変奏曲が最初に作られたと言われている。主題を次々と変奏して行くその形式はベートーヴェンが最も好んだものだ。彼はその自由な形式で展開したものを、第一楽章において古典的に完成されたソナタ形式と融合させようとしたのだ。そこにはベートーヴェンの理想が高らかに歌い上げられている。

ブレイクスルー

 ピアノを習い始めて17年。当初は上達が速いと自惚れてもいたが、いつの頃からか大きな壁にぶち当たってしまった。練習すれば確かにその曲は徐々に弾けるようにはなる。だが、実力がついたという手応えがない。自分の練習には明らかに何か問題があるのだ。

 これまで指導を受けた先生方からは、いずれも手首を使う重要性について指摘されてきた。だが、それは僕の手首があまりにも固まっているので、もっと柔らかくして弾くべきだというアドバイスだと捉えてきた。あくまでも主役は指で、手首の役割は補助的なものだと考えてきたのである。

 最近のバッハでも、S先生から手首の使い方について何度も指示を受けた。しかし、手首を意識すると逆に動きがぎこちなくなってしまい、なかなか手首を使う意味が理解できない。普段ならそろそろ諦めて次の曲に移る時期だった。だが、ここが踏んばり所ではないのかという思いが、ふと頭をよぎった。とにかくこのままでは駄目だ。そこで、たとえこの小曲に1年かけようとも感覚がつかめるまでは決して止めない、と腹をくくった。

 その決意は先生にも伝わったようで、納得するまで遠慮なく駄目出ししてもらえるようになった。大人のピアノでは、楽しめれば良いという生徒が多く、先生としても技術的なことをあまりしつこく言うのは遠慮があるのだ。

 鍵盤から指が持ち上がっていないかどうかS先生の目が光る。弾きにくい所に来るとなんとか指を動かそうと無意識のうちに指が鍵盤から離れてしまうのだ。これは指に要らぬ力が入っている証拠だ。だが、いくら力を抜こうとしても指は持ち上がり、無理に抑えようして指はぴくぴく痙攣している。なんとも情けなくなる。

 だが、諦めずに試行錯誤を繰り返しているうちに、自然に力が抜けていることがあった。そうした時は、まるで手首より先が手袋になったような気分だ。手袋の指は動かないので自ずと手首を使わざるを得ない。一見、これでは指のコントロールなど出来そうもないように思える。だが、意外にも手首と指は本来あるべき位置を見つけたかのように安定し、無駄な力がすっかり抜け、音も見違えるように澄んでくる。

 無理に指の力を抜こうとするのではなく、指に力を入れずに弾ける弾き方があるのではないか。何かをつかみかけているという思いに胸が騒いだ。

 要は、腕の重みで指を自然に鍵盤に下ろせる位置に、手首を使って持って行ってやれば良いのだ。もちろん理屈はわかっても実際にやるのは大変だ。手首の使い方は音形によって無数にある。試行錯誤の連続だ。だが、気分は晴れやかだ。まるで目から鱗が落ちたように、理にかなった練習方法が見えてきたのだ。随分回り道したが、やっと重い扉が開き始めたのである。

 僕のピアノ人生にこんな展開が待っているとは思ってもみなかった。何事も納得するまでもがいてみれば、意外と道は開けて来るのかもしれない。

モーツアルトの魅力(7) 無垢な心

 モーツァルトの第25番のピアノコンチェルトは彼の円熟期に書かれた傑作である。明るさと暗さが微妙に交錯する様はオペラを彷彿とさせ、その終楽章はまさにモーツアルトの創造力の爆発だ。僕にとってはこの曲は人生で与えられた最高のプレゼントの一つだ。

 ところが、先日、久しぶりにこの曲を聴いてみて愕然とした。以前、聴いたときに比べて物足りなく感じられたのだ。安直にミニコンポで聴いたのが良くなかったのか。いや、ひょっとしたら若い頃に比べ感受性が落ちているのではないか。あの小林秀雄も「モオツァルト」のなかで、今の自分はト短調のシンフォニーを20年前より良く理解しているだろうかと、自問している。彼の音楽は人生を重ねれば理解が深まるというものではない。

 数日後、MacBook AirにAKGの高級ヘッドフォンを刺して再度聴いてみた。もちろんリベンジを期して。25番の終楽章は明るくさりげない調子で始まり、時折短調と長調が絡みながらも穏やかに進行して行く。だが、しばらくするとモーツァルト特有の即興的な展開から曲は急に走り出し一気に緊張感が高まる。その瞬間、その何かに取り憑かれたかのように無心に前に進む音楽に、僕は大袈裟ではなく神を感じていた。

 モーツァルトの音楽は聴き方によって実にさまざまな顔を持つ。BGMとして聞き流しても、その軽やかな音楽は上質の雰囲気を醸し出してくれるだろう。本気で向き合えば、その絶妙な音色、独特の即興的な展開、調和のとれた構造美に心を奪われるに違いない。さらに細部に耳を澄ませれば、何のてらいもない単純な音が繊細で深い表情を生み出していることに気づくだろう。

 だが、彼の音楽にはそうした客観的な鑑賞を超えたものがある。彼の音楽はわれわれの心に普段想像したこともない崇高な感情を呼び起こすのだ。それは自分のなかに元々あったものだろうが、なぜそれが呼び起こされたのか皆目わからない。

 モーツァルトの音楽の核心は無垢な心にある。だが、それはアイネ・クライネ・ナハトムジークのメロディーが子供のように純真だ、というような意味ではない。無垢とは、現実をありのままに受け入れ、それに心が自然に反応をすることだ。幸福な時間はいつまでも続いて欲しい。だが、それは不可能だと悟れば、躊躇なく次の一歩を踏み出す。傷つくときは傷つき、喜ぶときは喜ぶ。モーツァルトの音楽はその繰り返しだ。だが、その間合いを彼が音で表した時、われわれは信じられないほど感情を揺さぶられることになるのだ。

 モーツァルトという芸術家は、あらゆる芸術家のなかで最も自分をさらけ出した芸術家、自分をさらけ出すことをそのまま芸術に昇華することができた唯一の芸術家ではなかろうか。だが、彼の美しいメロディーが裸の心を表していることにはなかなか気づかない。それに気づくためには、われわれが心にまとっている鎧を脱ぎ捨てなければならない。

 モーツァルトの音楽は聴くものの心の自由度をはかる試金石だ。彼の無垢な心に共鳴できた時、われわれの心は一歩成長し、あらたな幸福を発見することになるだろう。

グレン・グールドのモーツァルト

 このところ練習してきたギロックのジャズが一段落し、次に何をやるか探すために帰宅途中にiPhoneを覗いていると、グレン・グールドのモーツァルトのピアノソナタ全集が目に飛び込んできた。この全集は癖が強く、これまであまり真剣に聴かなかったのだが、久しぶりにその最初の曲、第1番 K279ハ長調を聴いてみると、まるで乾いた喉に流し込まれた冷たい水のようにすーっと心の奥まで浸み込んで来た。音楽を聴いてこうした幸福感を覚えるのは久しぶりのことだった。

 20世紀の偉大なピアニストの一人、グレン・グールドといえば、もちろんモーツァルトではなくバッハだ。かつてはチェンバロで弾かれるのが常識だったバッハを、表現力ではるかに勝るピアノを用い、斬新な解釈でバッハの鍵盤音楽の可能性を一気に広げたのである。だが、彼はバッハの大家と呼ばれるには少々個性が強過ぎた。他人の意見には耳を貸さず、気まぐれで奇行も目立った。バッハの偉大な才能だからこそ、そんな彼を惹きつけ、その強烈な個性を受け止め、生涯にわたりその才能を鼓舞し続けたのである。

 では、グールドはモーツァルトをどう捉えていたのであろうか。彼のモーツァルトのソナタ全集を購入し、K333のソナタをはじめて聴いたときの驚きと落胆は忘れられない。再生速度を間違えたかと思わせるほどの高速のテンポ設定に、人を馬鹿にしているのではないかという憤りさえ覚えた。かつてのモーツァルト演奏の第一人者、リリー・クラウスが、「才能があるのだから、もっと普通に弾けば良いのに」と嘆いたのも頷けた。

 冒頭に挙げたK297でも、テンポは極端に遅く、やたらと音の粒を揃えて弾いており、いわゆるモーツァルトらしい滑らかさからはほど遠い。また、左手の伴奏は、通常右手を和声的に補佐するものだが、グールドの演奏では右手と競うように自己主張している。グールドはモーツァルトをモーツァルト風に弾く気などさらさらないのだ。

 だが、粒の揃ったタッチは、聴くうちに次第にモーツァルトに似合っているように思えてくる。さらに注意深く耳を傾ければ、グールドはモーツァルト独特の魅力をはっきりと意識していることがわかってくる。モーツァルトの神髄はその即興的な展開にあるが、彼は計算し尽くされた演奏でその魅力を表現し、全身鳥肌が立つような感動を呼び起こすのだ。さらに左右の旋律の独立性は、モーツァルトの音楽的構造の堅牢さを浮かび上がらせ、軽やかなメロディーが実は鋼のような強さ秘めていることを明らかにする。彼は、モーツァルトの音楽をぎりぎりまのところまで追い込むことにより、永年に渡って創り上げられて来た偶像を破壊し、改めてモーツァルトの真の可能性を世に問うたのではないだろうか。

 K333の奇妙な演奏にも、彼独自の深い洞察が隠されているのかもしれない。いたずら好きのモーツァルトに対するグールド流の返礼と思えなくもない。奇をてらっているとみせかけて鋭く核心を突くのは、いかにもグールド流のやりかたである。癖が強いほど、騙されないよう特に気をつける必要がありそうだ。

モーツァルトの魅力(6) 弾く楽しみ

 自分でピアノを弾く場合、モーツァルトは他の作曲家と決定的な違いがある。とにかく練習するのが楽しく、いつまで弾いても飽きない。もちろんモーツァルトが好きだということもあるが、聴いただけではそれほどでもない曲も弾いてみるとすっかり夢中になってしまうことも珍しくない。モーツァルトを弾くことは何か特別に人を惹きつける魅力があるのだ。

 このところK545のピアノソナタを練習している。この曲はモーツァルトが教え子のために作曲したもので、他のソナタに比べて明らかに技術的に抑えて書かれている。だからといって決して練習曲ではない。愛らしいメロディーの中にエッセンスが詰まっており、最小限の音で構成されたモーツァルトの小宇宙がある。しかも、教え子に対する教育者としてのモーツァルトの親心も身近に感じられるユニークな曲でもある。多くの人に親しまれてきたのは、単に技術的に取っ付き易いからだけではなく、この曲が演奏する歓びに溢れているからなのだ。

 もっとも、この曲をきれいに弾くことはそう簡単ではない。確かに速いパッセージも難しい指使いもないが、そもそも少ない音で豊かな響きを生み出すこと自体難しい。音が薄いためメロディーやアーティキュレーションのほんのわずかな不自然さも目立ち、一瞬の気の緩みも曲全体を台無しにしてしまう。しかも、モーツァルトらしく伸びやかに歌うことが求められる。恐らくプロのピアニストにとってもかなり厄介な曲に違いない。

 そんな曲だから、僕のような万年初心者にはかなりハードルが高い。情けない話だが、なかなかモーツァルトの音にならない。弾くのは楽しいが、なかなか一線を越えられず、次第に苦手意識を持つようになっていた。

 ところが最近、思わぬ進歩があった。転機になったのは、K545の前に練習していた「きらきら星変奏曲」である。この曲は子供向きのやさしい曲だと思われているが、実は技術的にもそこそこ難しく、何よりもいたるところに顔を出す不協和音がモーツァルト的な優雅な演奏の妨げとなる。まるで前衛音楽のようなシュールな響きになってしまい、軽快に転がるような演奏からは程遠い。幸い努力の甲斐あって、次第にモーツァルトらしく聴こえるようになってきた。徐々に手首の使い方がわかり余計な力が抜けてきたのだ。試しにK545を弾いてみると、一皮むけた音が響いた。やっとスタート地点に立てたのだ。

 ところで、モーツァルトの曲はいつも出だしが難しい。ソナタの場合、出だしは第一主題になるが、モーツァルトはそのメロディーに細心の注意を払っている。単に主題はその曲の顔だからという理由だけではない。主題には曲のその後の展開につながるさまざまな仕掛けが含まれているのだ。つまり単に冒頭を飾るメロディーというだけでなく、まさに曲全体を予言する主題の提示なのだ。

 もちろん曲を聴く際にも、主題とその後の展開の関係には耳を澄ませるが、ただ受動的に聴くだけでは作曲家の真の意図はなかなかつかみ切れない。一方、自分で弾く場合は、はたしてこの弾き方で良いのかどうか納得できるまで何度も弾いて自問することになる。出だしをどう弾くかでそれに続く部分の弾き方が変わってくる。出だしの弾き方がいい加減であれば、曲全体が適当な音楽になってしまうのだ。弾くことは、その曲に対する自分の解釈の表明だ。言うなれば、その曲に対してある種の責任を負うことになるのである。

 同じ曲でも演奏者によって弾き方は違ってくる。あるメロディーを悲痛な感じに弾く人もいれば、淡々と弾く人もいる。そうした表現の幅を受け入れる包容力もモーツァルトの音楽の特徴だ。だからと言って、それが音楽の完成度を落とすことはない。いや、むしろそうした包容力があるからこそ完成しているのではないだろうか。モーツァルトの音楽は、演奏抜きでは考えられない。演奏してはじめて完成する音楽なのである。

 モーツァルトにとって作曲と演奏は不可分のものだった。だから彼は、自分の音楽を演奏する者に自らの世界を共有する特権を与えてくれているのではないだろうか。

モーツァルトの魅力(5)モーツァルトの「音」

 大学の頃、あるファミリーコンサートに行った時のことである。人気のオペラ歌手と市民オーケストラのジョイントで、プログラムは子供でも楽しめるように有名なモーツァルトの名曲と親しみやすいポピュラー音楽で構成されていた。

 最初に、あるポピュラー音楽をオペラ歌手がオーケストラの伴奏で歌った。その時は特に何も思わなかったのだが、次のモーツァルトのアリアが始まって愕然としたのである。前の曲とは「音」が全く違うのだ。

そのポピュラー音楽は、こうしたコンサート向きに編曲されたものだろうが、編曲と言っても原曲の雰囲気を壊さない程度のもので、特に工夫があるわけではない。一方、モーツァルトの曲はオリジナルである。そこでは音符の一つ一つに天才の意識が通っている。意図する音を出すためにどの楽器にどのような旋律を割り当てるか、一音たりとも疎かにされていない。違いがあるのは当然だった。

だが、その時、僕を驚かせたのは、単なるクオリティーの問題ではない。通常、オーケストラの伴奏で歌を歌えば、オーケストラの音と歌声が同時に聴こえる。それだけのものだと考えるのが普通だ。しかし、モーツァルトではそうではなかった。どんな魔法が使われたのか知らないが、そこには想像もしない別の「音」が鳴っていた。確かに、耳では歌声とオーケストラは独立に聴こえているのだが、頭のなかでは違う「音」が鳴っているのだ。これは一体何なのだ。魔法の正体をつかもうとしたが、よくわからなかった。

もちろん、いろいろな楽器の絶妙な組み合わによって、素晴らしい音を創りだすことはできる。しかし、このときの「音」はそうして生まれたものではない。むしろ、歌声とオーケストラの音が何らかの調和に達することによって生まれたものだ。ただし、どのようにしてその調和を生み、そしてその調和がどのようにして新たな次元の「音」を生むのかはわからない。だが、モーツァルトが意図的にやっていることは確かだ。彼は必要かつ最少の音でそれを実現する術を知っていたのである。

この「音」は、歌舞伎などの芸にも似ている。芸を観る目のない者には、何が面白いのか皆目わからない。しかし、目利きになればなんでもない所作にも、至高の芸が隠されていることがわかってくる。

とにかく、それまでモーツァルトを聴くときに聴こえていなかった「音」が、急に目の前にはっきり現れたのである。こんな素晴らしい世界があるのだ。そしてそれは自分の目の前に無限に広がっているののである。

その後、モーツァルトを聴く際には、「音」に耳を澄ますようになった。そしてベートヴェンやチャイコフスキーなど他の作曲家の音にも耳を傾けてみた。だが、そうした偉大な作曲家といえども、モーツァルトの「音」に匹敵するようなものは見いだせなかった。

モーツァルトにとって、その「音」はごく日常的なものだったかもしれない。しかし、だからこそこの「音」に天才モーツァルトの神髄があるように思えるのである。